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クリステンセン「ジョブ理論」入門

ビジネスモデルとデータ分析の呪縛─ なぜジョブを中心に考えることができないのか

第十回

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 ジョブ理論は、一部の人にとってはシンプルな、というよりも素直な理論に聞こえるようだ。つまり、顧客がやりたいことに寄り添って、解決策を届けるという「原則」は特段“ひねり”の利いたものではない、ということだろう。とはいうものの、従来の考え方と脳内不協和を生み出したり、既存組織との摩擦を生んだり、実行する際のジレンマがあるのも事実だ。今回はなぜ企業はジョブ理論をストレートに実践することができないのか、考察していきたい。

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なぜ企業は顧客ジョブにこだわり続けることができないのか

 どの(顧客が存在する)企業も、何らかジョブを解決することで対価を得ている。そして、大きな企業であればあるほど多くの顧客のジョブを解決している。にもかかわらず、大きな企業であればあるほど顧客のジョブから離れてしまっているのも事実である。社内政治の末の製品開発や、ノルマを達成するための押し売り的な営業、さらには流行りのタレントを採用した広告宣伝など、顧客のジョブとは関連のない活動が日々行われている。

 だが、企業がそのような規模になるには、顧客が片づけたいと切に願っているジョブの解決を少なくとも一度は素晴らしくやってのけているはずだ。例えば、パナソニックの前身である松下電気は二股ソケットが、ソニーであればトランジスタラジオのようなヒット商品がそれに相当する。大企業の黎明期にはヒット商品と、なぜそれがヒットしたかというストーリーが必ずといって存在する。そしてそのストーリーの中心には、顧客が置かれた状況が商品によってどう進歩したのかが語られている。二股ソケットやトランジスタラジオの製品スペックが語られることはまずない。

片づけるべきジョブの見きわめによって成功したすばらしい企業でも、経営と成長に追われるうちに道に迷うことがある。そうなってしまった企業はジョブでなく、プロダクトを通して自分を定義しようとする。これは大きなちがいだ。(『ジョブ理論』より)

「ビジネスモデル」の呪縛

 顧客ジョブを片づけることに成功した企業は、そのビジネスモデルに磨きをかける。生産量を増やすために生産性と品質を高める。また売上高を高めるために、セールスをパターン化し、販売効率を高める。生産性、品質、販売効率を高めることでビジネスモデルはより強固になり、「稼げる」ようになる。稼げる反面、注意しなくてはならないのは、このような効率改善活動は顧客を見ていなくてもできる点だ。より厳密に言うと、顧客自身を見つめるかもしれないが、「顧客のジョブ」に注目することはない。

 例えば、ファストフード店は「お昼にガッツリと食べたい」というジョブを手軽に、かつ安価に片づけるのにとても適している。顧客を増やすために「夜にもガッツリと食べたい」人のために夜の営業を拡大し、「さらに短時間でガッツリと食べたい」といったジョブを片づけるために調理済みのハンバーガーを常に一定量置いておくなどの工夫を行う。フランチャイズ化し、◯◯市に行っても食べたい、◯◯国に行っても食べたいというジョブの解決を手がけることもするだろう。コストを下げ、利益率を向上させる活動も日々の業務となる。営業時間の拡大や多店舗展開、低コスト化はどれも企業の発展には不可欠な業務であるが、顧客のジョブを知らなくても成し遂げられる。

 しかも、この頃には組織は縦割りになっている。店舗管理、店舗開発、商品開発、仕入れ… それぞれの部署は、店舗を増やすこと、メニューを増やすこと、仕入れ価格を下げることが目標となり、顧客のジョブは簡単に忘れ去られる。むしろ、そんな余計なことを考えることはかえって非効率で、優秀な人ほど業務に集中するものだという価値観すらある。加えて、組織の戦略と役割分担が明確なシステムを持つ企業ほど、部門の責任者はKPIが割り当てられていて、数字に追われているはずだ。そうなってしまうと、そのミドルマネージャーにいきなり「顧客のジョブは?」と尋ねても、答えはまず返ってこない。

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この記事の著者

津田 真吾(ツダ シンゴ)

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