「イノベーターのジレンマ」を経済学的に分析することの意義
『「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明』という著書のタイトルにある通り、伊神氏の研究のきっかけはクリステンセン教授の「イノベーターのジレンマ」論である。クリステンセン教授は1997年の原著書において、「優良企業がいかに失敗するのか」について経営者へのインタビューや業界誌から得た情報を分析し、多くの人が共感できるストーリーを描いてみせた。伊神氏は、その論に感銘を受けると同時に、物足りなさも感じた、と著書に記している。「経済学的に煮詰める」、つまり論理を数学的に整理したうえで、定量的なデータにもとづく「実証分析」を行う必要がある、と考えたのだ。
そこで伊神氏が行ったのが、産業全体の「創造的破壊のプロセス」を、現実世界のデータと経済学の最新手法を用いて「構造分析」するという研究である。
20世紀の経済学者シュンペーターが提唱した概念として有名な「創造的破壊のプロセス」とは、「技術」の世代交代と「産業」の世代交代の、シンクロ現象だ。
伊神氏は「『創造的』とは技術革新や新規参入のこと、『破壊』とは競争に敗れた旧来の技術や既存の企業が滅びていくこと」と説明する。
また、その例として、
- アップルのスマートフォンが便利になれば、ソニー・エリクソンのガラケーが消えていく
- アマゾンの通販で何でもすぐに買えるようになれば、本屋やデパートや量販店が潰れていく
- グーグルの技術が色々な方面で向上していけば、世の中の色々な専門業者が必要なくなる
──といった現象を挙げた。
このような話を聞くにつけ、所属する業界や自身の将来が不安になる読者も多いだろう。伊神氏は、自身の研究によって得られる知見が、企業や国の施策はもちろん、個人の生き方の選択にまで応用できるものであると、その意義を説明した。
この研究テーマ、「新しいことをやって生き延びていくのは誰なのか、どうしてそうなるのか」というクエスチョンは、企業の投資戦略や国の科学技術政策だけではなく、私達個々人のキャリアや家庭といった人生の一大選択のようなもっと大事なことにもそのまま応用できるので、使い回しが効くといいますか、なかなか味のあるテーマです。