インタビュー Biz/Zineプレス

ドワンゴの人工知能研究所はAIの梁山泊をめざす

ドワンゴ人工知能研究所 所長 山川宏氏 インタビュー

[公開日]

[取材・構成] 羽野三千世 [編] BizZine編集部

[タグ] データ・アナリティクス AI・機械学習

  • ブックマーク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

全脳アーキテクチャで汎用のAIをめざす

ドワンゴ人工知能研究所 所長 山川宏氏

--  実現を目指しているAIの方向性とは?

山川 「汎用AI」としての「全脳アーキテクチャ」をつくるというのが、われわれの目標です。 それぞれ説明しましょう。全脳アーキテクチャは、「脳を参考にしてAIを作る」方法論です。よく、勘違いされるのですが、我々の研究の目的は、脳の仕組みの解明や、「脳そのものを作る」ことではありません。

 人間並みのAIを作ろうという大規模な研究プロジェクトには、何人もの研究者が関わっています。各研究者がばらばらに研究を進めていてはいつまでも完成しない。AIの認知アーキテクチャを設計する際には、各自の研究の大枠の方向性を定める必要があります。「脳に近づけて作る」というのが、ひとつの方向性で、それが「全脳アーキテクチャ」というものです。

 全脳アーキテクチャを使って実現したいのが「汎用型AI」(Artificial General AI)です。将棋に特化したAIや、質問に応えるなどの「特化型AI」ではなく、色々な機能を同時に満たす汎用型AIが、われわれの目指すものです。

 特定の機能にチューニングしたAIは、その分野では汎用より利口で、実用的です。例えば、文書作成に特化したワープロはパソコンよりも使い勝手がいい。しかし、パソコンの進化に伴ってワープロは駆逐されてしまいました。人々は、汎用が一定のレベルを超えると、特化した専門システムよりも、割安な汎用を選ぶのです。同様に、汎用AIが進化すれば特化型AIを駆逐する流れが起こるでしょう。

ただ、そこに行き着くまでに、特化型AIのアプローチもあります。 一方で、将棋のAIのように、個別の目的に特化したものを埋めつくしていくアプローチもあります。これに対して、全脳アーテクチャは、基本的に汎用AIをめざしています。汎用AIで、かつ脳を参考にして、みんなの方向性を揃えて研究していくというのが「全脳アーテクチャ」の方法論です。

機械学習の進化でコンピュータが表現を獲得した

--  AI研究が長年おこなわれてきて、ここへきて改めて注目されている理由には、何かイノベーションがあったのでしょうか?

山川 やはり機械学習の進化ということが言えるでしょう。ただ、それは自然な進化で、イノベーションと言えるかどうか(笑)

機械学習のようなニューロ(脳神経)のモデルとしては、今は第三次ブームです。第一次は、1960年代のパーセプトロン、第二次は、80年代の終りぐらいで、階層化されたパーセプトロンの時代。 そして今が、機械学習のひとつであるディープラーニングが注目され、第三次のブームと言われているわけです。 アイデア自体はずいぶん前からあったものが、コンピュータの計算能力があがって実現したということですね。それ自体は通常の進歩です。ただAIが「表現を獲得した」ということが、AIにとって一番重要で、画期的なことです。

僕らは空間を考えるときに、X軸、Y軸で考えたりしますが、それらの軸が実際にあるわけではない。ものを表現するベースになる記述方法というのは、脳でも外界を認識しているわけですから、なんらかの記述方法があるわけです。 そういう記述方法については、「人間が書く」いうのが、自然な選択です。80年代に流行ったエキスパートシステムは、人間が知識を書いてあげるというのが前提でした。 これは医療診断などで、成功した例もありました。

しかし、将棋などをおこなうAIの場合、知識をすべて記述することはできない。家庭内のロボットが、様々な形のドアノブを開ける能力を持たせようと、それら全ての方法を書いていたらたいへんなことになる。「記述できない=書ききれない」ということを「知識獲得ボトルネック」というのですが、そのボトルネックがディープラーニングで、乗り越えられる期待が出てきたということです。

--  「表現を獲得する」というのは?

山川 Googleが、ディーププラーニングで、コンピューターが「猫を識別した」というニュースが話題になりました。何層も積み上げていくと概念のベースになる表現が自動生成出来るようになったということが、萌芽として表現の獲得に結びついたと言えると思います。

画像の認識の層で言えば、下の方の層のたとえばエッジを処理するというようなことは、ずいぶん前から出来ていて、最上位の層が、たとえば「猫」という概念を認識するということです。その間が、ずっとつながらなかった。それは機械学習や神経回路モデルだけではなく、脳科学でも、何をやっているのか、解釈できないという時代がずっと続いていた。いま、ディープラーニングで、その層の分析が出来るようになったにもかかわらず、何がおこなわれているかは、いまだにわからない。 わからないけれど、学習が出来るということはわかった。 ディープラーニングの第一人者、Geoffrey Hinton氏は、そこをダーク・ナレッジと名づけました。その難しい領域がつながっているということがわかったという状況です。

そこがつながりさえすれば、人間がすべて知識を記述しなくても良くなる。知識獲得ボトルネックが解消されるというわけです。人工知能は人間の手を借りずに知識を獲得して、判断ができるようになるということです。

少し前に、Googleがニューラル・チューリングマシンをいうものを出しました。いま「ソートする」ぐらいのプログラムなら、自分で学習することができるようになりました。シンギュラリティ(特異点)という点でいえば、AIが自分自身を改変できるということが、シンギュラリティに至る最大の要因と考えられています。今はソートするにすぎないプログラムですが、いずれ、AI自身がプログラミングできるようになると、シンギュラリティを超えることになる。Googleはそこまで考えているでしょう。それをやっているのは、DeepMindというイギリスの元々のベンチャーの頭脳集団を買収しています。
Googleとしては、DeepMindの機械学習が進歩すれば、将来はビジネスになるという考えもあるでしょう。 残念ながら、現在の日本のビジネスのスケールでは、機械学習の性能が上がってもあまり儲からないのです(笑)。Googleのような巨大なネットビジネスの世界では、機械学習によるわずかな精度の向上が、大きな収益に結びつく可能性がある。それだけでも、買収の価値はあるのですね。そう考えると、今後は、研究者の国外流出が危惧されます。Googleのような企業はAIが進化すれば、直接Webの収入に結びつくのでで稼いでいる企業は、多額の報酬を出すことができますが、国内にはAIの進歩が収益につながる企業がほとんどないため、研究者にそこまでお金が払えず、人材が流出してしまいます。

--  ではそういう日本の中で、AI研究で成功する条件は何でしょうか?

山川  日本は、人材と地理的な面で強みを持っています。長年、AI分野と脳神経科学分野等での大型研究プロジェクトの実績もあり、現段階では、世界的にみて研究者の層が厚い状況です。しかも、研究者の大半が東京周辺に集まっている。その分野の研究者が一堂に会しての情報交換や共同研究がやりやすい環境にあります。1カ所に集まって、ベクトルを揃えて研究をしていく方が日本は力を発揮できるでしょう。 ドワンゴのように、「放っておいても仕事をする」ような活力ある組織として、研究機関を創設し、新しい世代にインセンティブを与えて、様々な研究機関と連携して進めていけば可能性が拓けると思っています。AI研究者の層の厚みと、地理的な集約密度の高さ、若い人材の参加などで、日本のAIを盛り上げていきたい。ドワンゴの人工知能研究所がそのための起爆剤になればと考えています。

バックナンバー