全世界が「400万台」に翻弄された「同時代性の罠」
「タイムマシン経営」という言葉がある。既に“未来”を実現している国や地域から、ビジネスモデルや技術などを日本に持ち込むという発想で、ソフトバンク創業者の孫正義氏が名づけたものだ。
楠木氏は、“未来”を参考にするのではなく、“近過去”を学ぶことで本質的な論理を見抜く「逆・タイムマシン経営」を提唱している。「逆・タイムマシン経営」では、新聞や雑誌などのメディアを長期間置いた後で読むことで、その情報が世に出た時点のステレオタイプを取り除くことができ、普遍的なものが見えてくるとしている。楠木氏はそのステレオタイプを「同時代性の罠」とし、リアルタイムで読む読者たちにバイアスをかけるものだと説明した。
「同時代性の罠」の例として、1998年頃に自動車業界で盛り上がった「400万台クラブ」を紹介した。当時の自動車業界では、グローバル競争が激化する中、400万台以上の生産台数を維持できる会社でなければ生き残ることはできないと考えられていた。この考えのもと、ダイムラー・ベンツによるクライスラーの買収(ダイムラー・クライスラー誕生)、フォードによるボルボなどの買収、GMによるスズキやいすゞ自動車への出資強化、BMWとフォルクスワーゲンによるロールスロイスの買収を巡る競争など、世界中の自動車メーカーの戦略に「400万台」が大きく影響していた。また、当時のメディアも、生き残るのは4大メーカーだけだと紹介していたというのだ。
しかし、2007年にはダイムラー・クライスラーが合併を解消、アメリカの投資会社に売却されたクライスラーは、リーマンショックの影響で破産している。GMも2009年に経営破綻しているし、フォードも買収した企業を次々と売却している。
楠木氏は、この「400万台クラブ」には論理が不在だったと指摘する。「年間400万台生産できない自動車メーカーは生き残れない」という法則めいた言説や400万台という数字に根拠はなく、ダイムラー・クライスラーの合併時の生産台数が400万台だっただけだというのだ。自動車産業において規模の経済は大切だが、「生産台数」は競争力の“原因”ではなく“結果”であるのだが、その時代にいる全員が勘違いしてしまっていたことこそが、「同時代性の罠」だと語った。
情報は鮮度が高いほど価値があるとされるが、「400万台クラブ」の例に見るように、時間を置いて振り返って変化を追うことで、普遍的な本質的な論理が見えてくることもある。そこで楠木氏は、逆・タイムマシン経営論として、新聞や雑誌を10年寝かせて読むことを唱えているのだ。
「同時代性の罠」は、
- 飛び道具トラップ
- 激動期トラップ
- 遠近歪曲トラップ
という3つのタイプにわけられる。楠木氏は、これらを順に説明していった。