身体活動を指標に「人間の幸せ度」を測定する
佐宗(「D school留学記~デザインとビジネスの交差点」著者):
幸福度は、物質的な満足から主観的な満足をみんなが求める時代に変わってくるにしたがって重要になってきていますが、現実的には「主観的なものであるために」すごく測定が難しいとされてきましたよね。
入山(早稲田大学ビジネススクール准教授):
幸福度を客観的に測定する普遍的な指標ができれば、心理学などには大きなインパクトを与えるんじゃないですか。いまもなお、研究者は「7段階の自己評価」(注1)などで主観情報を使って幸福度を測定していますからね。
矢野:
そうですね。おそらく私が物理出身だからだと思うんですが、やはり普遍的な測定法、単位に憧れがあります。もちろん、個別の状況を理解すること、特徴づけする方法論に意味がないとは思いませんが、普遍的な指標を作ろうとする活動にもう少しシフトしてもいいでしょう。テクノロジーの進化のインパクトはそこにあるのだと思いますね。
佐宗:
「ハピネス指数」とか、そういう言葉で表すわけですか?
矢野:
「ハピネス」はどちらかというと人間的な面から見た言葉でしょうか。私は、行動の「1/Tゆらぎ」が理想からどれくらい外れているか、というような、普遍的な身体運動の数値から幸福度は計算できるのではないかと考えています。(※ページ下、囲み内コラム参照)
興味深いのが、東京大学の教育生理学の山本義春先生が、7~8年前に行った研究で、人間とマウスでの生活リズム計測による心身の健康状態評価(注2)を行なうと、マウスも人間と全く同じ形になることがわかっているんです。身体運動のゆらぎというのは、もしかすると哺乳類レベルでの神経・運動系のある種の制約、自然状態として存在しているのかもしれないのです。
その自然なゆらぎを変える外部要因があると身体的な幸せを阻害することになり、そこにリンクしている心理的な「ハピネス」を阻害すると考えられる。こうした研究は始まったばかりですが、幸福の客観指標に切り込む第一歩になっているんじゃないかと思っています。
佐宗:
なるほど、人が幸福度を感じやすい体の動きのパターンがあって、身体運動をウェアラブル機器で測定することで、結果的に幸福度を測定できるということですね。
入山:
幸福度を表す指標をつくることができれば、個人的な価値はもちろん、組織内でのリソースとしても活用できるようになりますね。
矢野:
そう、これまでも、例えば経済学などでは、通貨という普遍的な指標によって、人間の活動や幸せを置き換えて測定していましたよね。でもこれからは、逆に人間側に踏み込んで、そこから社会的な活動に応用していくことができればと考えています。
コラム:「1/T法則、1/Tゆらぎ」
人には動きを続けるほど止めなくなる「1/Tゆらぎ」という特徴がある。つまり“動”の状態がT分続けば、“静”に転ずる確率は1/Tになる。人間行動において、この1/T法則からのずれが小さいことを「1/Tゆらぎが強い」、ずれが大きいことを「1/T ゆらぎが弱い」と定義し、その意味について研究を続けたところ、そのゆらぎこそが、集団の幸福感に大きな関係性をもつことがわかった。これを「1/T法則」としている。幸福感が高く、ゆらぎの大きい集団では、1分以下の短い動きから長く継続する動きまで多様な動きが混ざりあっていることが発見された。
※矢野氏の研究や著作『データの見えざる手』を参照・引用