一橋大学大学院 小野浩教授と、Institution for a Global Society(以下、IGS)の代表取締役社長 兼 一橋大学大学院 特任教授 福原正大氏が共同座長を務める「人的資本理論の実証化研究会」は、初年度(2022年10月~2023年3月)の研究成果を発表した。
上場企業32社の人的資本を定量的にデータ化し分析した結果、管理職の能力が企業価値(株式時価総額)推移の説明や予測につながる可能性が示唆されたという。
2022年度研究成果 ポイント
- 人的資本である「従業員一人ひとりの能力」をデータ化し、企業価値(株式時価総額)との関係を、上場企業32社(約15,500名、14業界)について過去5年分(2018年1月~2022年12月)分析
- 管理職のイノベーション力(外交性、共感・傾聴力、創造性、個人的実行力、課題設定力)が高い企業と、TOPIXやイノベーション力が低い企業を比較した。イノベーション力が高い企業は、株式利回りが最も高く、また最もローリスクハイリターンであった
- 管理職のSDGs力(SDGsへの感度)が高い企業は、TOPIXやSDGs力が低い企業と比較すると、株式保有のリスク(価格変動の大きさ)が最も低かった
- 以上から、投資家が企業のイノベーション力・SDGs力を定量的に把握できれば、適切な投資判断をできる可能性がある。一方、企業はこれらの人的資本(能力)を定量的に測定し戦略的に開示することで、投資を呼び込む効果が期待できる
人的資本理論の実証化研究会は、日本企業がこれらの開示にとどまらず、「そもそも人的資本が企業価値にどれだけ寄与するものか(人的資本の投資対効果)」を明らかにすることで、経営者へデータに基づいた人材施策の投資判断を促し、かつ投資家への戦略的な情報開示を実現するために発足した。
「人的資本」の概念を提唱したノーベル経済学者のゲーリー・ベッカー教授の理論のもと、同研究会では人的資本を「能力」と捉えている。
これまで、人材能力は測定・定量化が難しく、日本では人的資本の投資対効果の研究はあまり進んでいなかった。同研究会では、IGSのAIを活用した360度評価ツール「GROW360」によって、社員の多様な能力を測定。ベッカー教授のもと学んだ小野教授の人的資本理論に基づきながら、人材能力データ・財務データなどを含めた企業の実データを分析し、研究を進めているという。
なお、2022年度は伊藤忠テクノソリューションズ、ニコン、日経ビーピーコンサルティング、日本郵便、三井住友トラスト・ホールディングス、三菱UFJ銀行などの9社が参画したとしている。
2022年度研究成果
2022年度は、「人的資本(=人材能力)の何を定量化すれば、企業価値への寄与を表せるか」をテーマに、研究を進めてきたという。
上場企業の企業価値推移と各社管理職の能力の関係を確認するため、人的資本であるイノベーション力、SDGs力が上位1/3の企業群(11社)と下位1/3の企業群(11社)の株式を均等に保有した場合を想定して、株式利回り(年率)やリスクに対するリターンの度合い(シャープレシオ)にどのような違いが生じるかを検証したと述べている。
使用データ
- 能力データ:AIを活用した360度評価ツール「GROW360」を受検した、上場企業32社(約15,500名、14業界)の管理職一人ひとりの能力スコア
- 株価データ:J-Quants APIから5年分(2018年1月~2022年12月の5年間分取得)
管理職のイノベーション力は、企業価値にどう影響を及ぼすのか
管理職のイノベーション力が高い企業群は、株式利回りが、TOPIXより2.5%、イノベーションが低い企業群より3.5%高かった。また、リスク度(価格変動の大きさ)を同じにして比較した際のリターン(シャープレシオ)は、TOPIXと比べて+0.25、イノベーションが低い企業群と比べて+0.20となり、イノベーション力が高い企業群の株式は、TOPIXやイノベーションが低い企業群よりもローリスクハイリターンであった。
管理職のSDGs力は、企業価値にどう影響を及ぼすのか
管理職のSDGs力が高い企業は、株式保有のリスク(価格変動の大きさ)が、TOPIXとび比較では2.0%、SDGs力が低い企業群との比較では4.7%低いことがわかった。シャープレシオはTOPIXと比較してわずかに低かった。
まとめ
各社管理職の能力(イノベーション力・SDGs力)が、企業価値の推移に影響を与えていることが分かったという。投資家の観点からすれば、各社管理職の能力に関する情報を取得し、株式ポートフォリオを構築することで、より有利な投資をすることができる可能性があるとしている。企業の観点では、これらの人的資本(従業員の能力)を定量的に測定し戦略的に開示することで、投資を呼び込む効果が期待できると述べている。
2023年度はデータを増やし、企業価値につながる人的資本の指標となる能力をより詳細にして検証予定だという。