センシティブな医療領域のリサーチで大切にしている3つの観点
小野薬品工業は創業300年を超える老舗製薬会社。医療ニーズの高いがんや免疫などの領域を中心に新薬創製に向けた研究開発をしている。創薬の成功率は一般に1/22,000(出所:日本製薬工業協会)と言われるように非常に低い一方、世界の大小様々な製薬会社が上市に向けてしのぎを削る業界でもある。ゆえに飛躍的な成長を遂げるために、イノベーションを追求する意志や資質を持った人財をより多く育成することが急務だった。
こうした背景があり、2021年に「イノベーション人財」の育成プログラム「Ono Innovation Platform」(以下、OIP)を開設し、社内ビジネスコンテスト(社内事業提案制度)の「HOPE」をスタートさせた。HOPEでは、患者さんを助けたい思いを持った社員が自ら事業を起案。採択されたアイデアはOIP室のサポートを受けて事業化を目指す。
登壇した和田氏はOIP室のメンバー。人間中心設計(HCD: Human-Centered Design)の専門家で、肩書きはUXディレクターだが、その実態は「サービスデザインのフロントステージのなんでも屋」だと、自身で語る。OIP室は6人の小所帯。UXディレクターは和田氏を含めて2人しかいない。だが、外部パートナーの協力も得て、この半年間に患者さんとそのご家族に50回、医師や有識者にも18回のリサーチを実施している。
患者さんやそのご家族の声を聴くのはすごくセンシティブな行為。また、医療という分野の性質上、専門的でハイコンテクストな内容も多い。そのため、リサーチにあたっては「質とスピードの両立」「小さな声を大切にする」「関係性づくり」の3つを意識していると和田氏は言う。
リサーチの質とスピードを両立する工夫
リサーチの質とスピードを両立させる工夫として、和田氏は次のような取り組みを紹介した。
1つ目は、事前の情報収集とインタビューとをうまく組み合わせること。患者さんへのインタビューは通常60〜90分。病歴を一から辿っていては、事実関係を把握するだけで終わってしまう。そのため、事実関係は事前の病歴アンケートなどで把握。インタビューではそれを土台に体験や思考の深掘りに徹する。
2つ目は、リクルーティング方法の使い分け。事業の起案者やそのご家族が疾患の当事者ということが多く、その周辺から対象者を探すこともできる。だが、距離の近さゆえに疾患についてのリテラシーが高すぎるケースもある。その場合は、オンラインインタビューサービスなどを活用する。また、疾患に関する幅広い知見を得たい場合は患者さん会や医師に紹介してもらうこともある。
3つ目は「なりきりインタビュー」。実際のインタビューの前にリハーサルを行い、本当にワークするかを検証する。
「これらを行うことで精度の高いインタビューを素早く実施できます。がん患者さんへのインタビューなど、疾患に関する深い知識が必要なケースほど念入りにやるようにしています」