アップルはイノベーションのお手本になるか?
本連載の焦点は「組織的なイノベーションの実践」だ。一般的には、イノベーションといえばシリコンバレー、シリコンバレーといえばイノベーションという認識がある。代表例はアップルだろう。ただ「アップルは素晴らしい。お手本にすべきだ」という話を展開するつもりはない。手本にすると、イノベーションを起こす上で重要な点を見落としてしまう。
確かに、アップルや創業者のスティーブ・ジョブズによる影響力は大きい。フォーチュン誌は「産業界を復活させ、世界的な不況をものともしなかった」と『10年間で最高のCEO』にジョブズを選んでいる。彼は2011年に亡くなったが、その時にはソフトバンクの孫正義がこうコメントしている。「数百年後の人々は、彼とレオナルド・ダ・ヴィンチを並び称する事であろう」。レオナルド・ダ・ヴィンチは“万能人”とも呼ばれており、ダ・ヴィンチとジョブズの両者は天才的という意味で共通項がありそうだ。ジョブズの天才性に魅力を感じ、彼の考え方や行動からヒントを得ようとする人は多い。それは、「ジョブズに学ぶ」「ジョブズの仕事術」「ジョブズの教え」といった様々な本が出版されていることからもわかる。
では、ジョブズ一人のアイデアと努力で今のアップルがあるのだろうか?それは違う。たった一人の力だけでイノベーションは起きない。チームスポーツのように、常に協同で行う必要がある。
たとえば、アップルが1984年に発売したマッキントッシュもそうだ。当時人々の注目を集めたグラフィカルユーザーインターフェースは、ゼロックスのパロアルト研究所(PARC)による研究・開発成果が土台になっている。そもそも、PARCの見学を提案したのはマッキントッシュの名付け親であるジェフ・ラスキンだ。また、今では当たり前となっている、ウィンドウズをずらして重ねる機能の考案と実現はビル・アトキンソンによる。このように、個人一人の資質だけでなく「既存の技術をどう活用するか」「組織内メンバーとどう協同するか」といったことも、重要なポイントだ。この点を踏まえて、イノベーションのための体系的なプロセスを構築する必要がある。
このことを、イノベーションの種類を2つにわけてドラッカーも言及している。1つが「天才によるイノベーション」で、もう1つが「目的意識・分析・体系によるイノベーション」だ。ここでは、前者を「ひらめき重視の天才的イノベーション」、後者を「プロセス重視の組織的イノベーション」とする。それぞれ簡単に紹介したい。