本記事は『ダイアグラム思考 次世代型リーダーは図解でチームを動かす』の「Chapter 1 なぜダイアグラム思考が必要なのか」から一部を抜粋したものです。掲載にあたって編集しています。
次世代型リーダーになるためには「図解」が必要
Apple社のスティーブ・ジョブズには、次のような逸話があります。
マーカーを手にするとホワイトボードのところへ行き、大きく「田」の字を描く。「我々が必要とするのはこれだけだ」そう言いながら、マス目の上には「消費者」「プロ」、左側には「デスクトップ」「ポータブル」と書き込む。各分野ごとに1つずつ、合計4種類のすごい製品を作れ、それが君たちの仕事だとジョブズは宣言した。
また、Amazon 社のジェフ・ベゾスは「地球で最もお客様を大切にする企業になる」という使命を常に掲げています。この使命は、顧客に焦点を当てた、「善の循環」コンセプトに基づいて構築されています。
この無駄のない美しいコンセプト図は創業者のジェフ・ベゾスがとあるレストランの紙ナプキンに描いたとされており、今でもAmazonのWebページに掲載され続けています。ラリー・ペイジやマーク・ザッカーバーグにも図解によってアイデアを膨らませ、図解によって伝えることをしていた逸話が数多く残されています。
ではなぜ、偉大なリーダーたちは「図解」で考え、「図解」で伝え続けたのでしょうか。それは、彼らが「図解が持つ3つの力」を知っていたからなのです。
図解が持つ3つの力
「図解」には次の3つの力があります。
- モノゴトを多視点から観察する力
- モノゴトを構造化してシンプルにする力
- モノゴトを可視化して共有する力
人工衛星、人間システムデザイン、ヒューマンインターフェース、コミュニティデザイン、モデルベース開発……慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(以下、慶應SDM)には、それぞれの専門分野で功績を残している「超」がつくほどのエリートリーダーが揃っています。しかし、教員たちは、自分ひとりでは巨大な社会問題を解決できないことを知っています。
そこで、慶應SDMでは、大規模かつ複雑な問題を解決できる「次世代型リーダー」を研究と教育を通じて育成することに注力しています。「次世代型リーダー」は、専門分野に特化したリーダーではなく、複数の専門家の知見を集め、集合知を導き出すことができるPMタイプのリーダーを指すのです。
慶應SDMでは、モデルベースシステムズエンジニアリングなどの講義を通して、「図を描いてモノゴトを多視点から構造化して可視化する」というキーワードを徹底的に教え込まれます。このキーワードこそがP機能とM機能を圧倒的に高めるために重要な要素となるのです。
次世代型リーダーと図解の関係をまとめると、次の図に示す関係にあることがわかります。
図解はあらゆるモノゴトを「多視点から構造化して可視化」する
「現代マーケティングの父」と呼ばれるフィリップ・コトラーは激怒していました。
彼は、1931年にイリノイ州シカゴで生まれ、貧富格差が開き治安の悪化する環境を直視したことで、怒りが沸き上がり、やがて「世の中を良いものへと変えていきたい」と考えるようになりました。
そして、彼は世界の複雑な問題と、それら要素のつながりを図解するという行動によって世界を変えようとしました。それが「厄介な問題のエコシステム(The Ecosystem of Wicked Problems)」と呼ばれる図です。
この図は、世界の重要な問題を、「多視点から構造化して可視化」した結果です。貧困、環境問題、戦争、教育不足などの漠然とした問題たちが、実は相互関係を持ってつながっていることが、誰でも手に取るように理解できます。複雑性が高く、どこから手を付ければよいのかわからないような問題でも、図解によって「多視点から構造化して可視化する」ことで、宙ぶらりんだったロジックを明確にし、どこに何を集中すべきが見えてくるのです。
この「多視点から構造化して可視化する」スキルは、次の図に示すような関係になっています。
3つのスキルの関係性
コンサルタント時代に、可視化することが得意な元デザイナーの同僚がいました。
しかし、彼女はバイアスが強いために、顧客視点ではなく、自分視点で考えてしまうことが多めでした。さらに、構造化も苦手なので、要素のありのままを可視化してしまうクセが付いていました。
そして、彼女はせっかくの可視化の特技を活かせずに、コンサルタント部署を去っていきました。
「多視点から構造化して可視化する」スキルは、三位一体の相互関係で成り立っているスキルです。
じゃんけんが「グー・チョキ・パー」のどれか1つでも欠けてしまったらゲームが成り立たないように、「多視点から構造化して可視化する」スキルもどれか1つだけを極めても意味がありません。
ですが、ご安心ください。ダイアグラム思考を使いこなせれば、この3つのスキルをバランスよく習得できます。
多視点から観察すると構造がわかる
18歳の夏、私は地元の自動車部品工場のエアコンが壊れた小部屋で立たされながら怒られていました。当時、金型事業部という、高温でドロドロに溶けたプラスチックの樹脂を、製品の形に固めるための金属製の型を製造・管理する部署で私は働いていました。
金型を作るためには設計図が必要です。また、金型のメンテナンスをするためには、バラバラにした後、もう一度組み直さなければなりません。そのため、金型の構造を知るために「設計図」が必要になります。
そこで、先輩に金型の設計図の読み方を教えてもらいました。それが「第三角法」です。第三角法は建築や機械設計に用いられる設計図法で、三面図という図を描くことで立体の構造をあらわしていきます。三面図とは、三次元の物体を二次元の紙面上に平面投影し、正確な構造を描写するための図法です。
三面図では正面図、上面図、側面図の3つの視点から対象物を描写することで、対象物の構造を全体から明らかにします。
「図面なんてなくても金型くらい組み上げられますよ」 そう言って高を括っていた髙野青年ですが、実際にやってみると、設計図に書いていない組み合わせをしてしまい金型のパーツが「バキッ」っと音を立てて折れてしまいました。結果、めちゃくちゃに怒られてしまいました。
三面図のどれか1つの視点だけでも欠けていると、金型を作ることはできません。つまり、「モノゴトを多視点から観察する」ということは、三面図の視点にように構造の欠陥や見落としを防ぐ効果があるのです。
非ダイアグラム思考の人は、モノゴトを1つの視点から観察することに慣れてしまっています。
さらに、厄介なのは、自分が1つの視点に縛られてしまっていることに気が付かないことです。あらゆるモノゴトは多視点から観察しなければ、構造を明らかにすることはできません。もし、1つの視点からしか観察していないのに、構造がわかった気になってしまったならば、その構造には見落としや誤解があると思ったほうがよいでしょう。
次世代型リーダーにとって、図解は仕事を正しく導くための「設計図」となるのです。モノゴトを図解して、複数の視点を取り入れるクセをつけましょう。
構造がわかると可視化できる
「卵の中身を図解してください」。
突然そう言われて、すぐに描ける人は少ないでしょう。
しかし、次のように、あらかじめ卵の内部の構造に関する情報を知っていたらどうでしょうか。
- カラザはラテブラから伸びている
- ラテブラは卵の中心に位置している
- 胚はラテブラの核となる
- 気室は殻の下部にある空間である
- 殻は最も外側で全体を守る
このように要素と要素間の関係を知っていれば、次の図のようにある程度、卵の中身の図が描けるようになります。
政治からサブカルチャーまでの情報発信を手掛ける企画ユニット『PLANETS』の編集長であり、批評家の宇野常寛氏もダイアグラム思考の使い手です。
ポピュリズムの台頭に警鐘を鳴らし、個人がゆっくり考える場と時間の構築を訴えた著書『遅いインターネット』の中で、私たちの心を動かす文化をマトリクス図で4つのカテゴリに分類して解説しています。
列に日常-非日常を、行に他人の物語- 自分の物語という項をプロットしています。
- 非日常×他人の物語を映画の象限(例:劇映画、ニュース映画)
- 日常×他人の物語をテレビの象限(例:テレビ、動画ストリーミング)
- 非日常×自分の物語を祝祭の象限(例:ライブエンタメ×SNS)
- 日常×自分の物語を生活の象限(例:ヨガ、ポケモンGO)
このように、自分の頭の中にある複雑なメッセージでも、構造化さえできていればわかりやすく可視化することが可能になります。おそらく、彼の考え方を言葉だけで伝えようとすると、認識のズレが発生してしまい、正確に伝えられなかったでしょう。
あらゆるモノゴトを図解して「構造化することで可視化する」ことができれば、その後は可視化された図をメンバーが参照するだけで、誰でも対象のモノゴトの本質が見えるようになります。
構造さえ見えるようになれば、事例を展開することもできますし、その構造を参照しながら、どの要素についての議論をするのか、あるいは全体を俯瞰しながら議論をするのか、共通認識を作り上げることが可能になります。
図を描くという行為は、単純な可視化のためだけではありません。次世代型リーダーが、あらゆるモノゴトの「構造をメンバー全員に共感してもらう」ためにも、図を描くのです。
可視化すると多視点が見えてくる
「OSORO」という実用性と意匠性を兼ね備えた食器があります。OSOROはそのコンセプトが高く評価され、国内外のデザインアワードを多数受賞しています。
手掛けたのは、エムテド代表取締役であり、慶應義塾大学大学院の特任教授でもある、田子學氏です。彼はデザインを経営の根幹に据えた手法である「デザインマネジメント」の実践者です。
OSOROの開発エピソードを覗いてみると、「可視化して多視点が見える」ように意図的に計画されていたことがわかります。
次の図は、食器にまつわる一日を時間軸で図解した図です。
食器の利用シーンを想像してみてください。パッと思い浮かぶのは食卓に置かれているシーンではないでしょうか。OSOROでは、食器の使い方を時間軸で可視化し直すことで、新たな発見があるのではないかという挑戦をしています。
実際に図解してみると、食器のユースケースが可視化されることによって、食器には食卓に並ぶ前に、下ごしらえや保存、調理で使われることが明らかになりました、さらに後工程では洗い物、収納というフェーズのデザインをする必要があることが可視化されました。
図解のメリットの1つに、「あらゆるモノゴトを二次元空間上に可視化できる」という点が挙げられます。
可視化によって、メンバー間での情報共有と共感力を高められるのみならず、自分自身がより深い理解を得ることも可能となります。さらに、多角的な視点からモノゴトを捉えられるため、より高次元的な洞察力と観察力を身につけることができます。
可視化しなければ、新しい視点は得られません。
「OSORO」の例のように、可視化は新しい視点を見つけるために欠かすことのできない手段です。モノゴトを可視化することで視座は高まり、視野が広がり、視点が増えていくことを忘れないでください。