量子コンピューティングのグローバルトレンドと製薬業界へのインパクト
トークセッションに先んじて、「量子コンピューティングのグローバルトレンドと製薬業界へのインパクト」と題し、デロイトトーマツコンサルティングの寺部雅能氏は量子コンピューティング×ライフサイエンス領域の動向について講演を始めた。同氏によると、量子コンピューティングの市場は急速に拡大しており、「2040年にはグローバルで100兆円を超える」と予測されているという。これは現在のAIの市場規模よりも大きな数字で、この有望な成長市場に対してGoogleやAmazon、Microsoftなどのビッグテックは、ハードウェア開発からしのぎを削っている。
量子コンピューティングの正負の側面
2027年には、公的機関や民間企業による量子コンピュータ開発に投じられる資金が総額164億ドルに上るという予測もあり、こうした活発な動きが技術の進化を加速。2030年に実現すると見込まれていた、量子コンピュータの実用化に不可欠とされる「誤り訂正技術」は昨年、米QuEra Computingによって実現された。
寺部氏は量子コンピュータによって、これから様々なユースケースが生まれて世の中が変わっていくと話す。
「たとえば材料開発において、これまで数百年という時間が必要と考えられていたシミュレーションを、量子コンピュータが現実的な時間の中で計算してくれるようになります。その結果、新しい材料が生まれたり創薬が進んだりといった、大きなインパクトが生じるでしょう」(寺部氏)
その一方で、同氏は新たにリスクが生まれることも指摘。中でも最も大きい問題とされるのが「暗号解読」で、これまでに生み出されてきたセキュリティ技術は、2030年には量子コンピュータがすべて解読できるようになると言われている。
製薬業界での量子コンピューティング活用の現在地
次に寺部氏は、製薬の領域で量子コンピューティングが活用されている海外の事例を解説。ベーリンガーインゲルハイム、ロシュ、メルク、ファイザーといった世界の大手製薬会社は、すでに量子コンピューティングの活用を進めており、専門人材を獲得する動きも強まっているという。また、量子コンピューティング×創薬をテーマにするソフトウェアスタートアップが増えており、大型の資金調達に成功する会社も登場。そのほか海外の医療機関が量子コンピュータを導入し始めており、米Cleveland Clinicは昨年、院内にIBM製の量子コンピュータの実機を導入。イスラエルのSourasky病院はNVIDIA、量子コンピューティングプラットフォーム運営のClassiqと共同で、新たなイニシアチブを立ち上げている。

量子コンピュータに適した4つの用途とは
ここで同氏は、あらためて量子コンピュータの仕組みについて、次のように説明した。
「人間が日常の中で目にする物理法則と異なるルールのもとでふるまう量子、その量子力学の『重ね合わせ』や『量子もつれ』といった性質を使うことで、従来のコンピュータよりも超高速な計算を可能にするのが、量子コンピュータです」(寺部氏)
こうした理解から、「量子コンピュータはどのような計算でも早く実行可能と勘違いされる」と、寺部氏は指摘。量子コンピュータが高速計算可能なのは特定の用途のみで、既存のCPUで動くコンピュータの補助的に使われていくのだと話す。
その特定の用途とは、次の4つ「組み合わせ最適化」「AIを含むデータ科学」「計算機シミュレーション」「暗号解読」だ。

1つ目の「組み合わせ最適化」は「無数にある組み合わせから条件を満たすものを探索する問題」を解くことで、ユースケースとしては生産オペレーションの最適化などが挙げられる。2つ目の「AIを含むデータ科学」は、既存のコンピュータで膨大な時間を要する学習を高速化・高精度化し、AIの技術開発に貢献することを指す。
3つ目の「計算機シミュレーション」は、すでに言及のあったとおり「量子化学計算」を高速化し、創薬に必要な分子のシミュレーションなどを短時間で実現。最後の4つ目が「暗号解読」で、これもすでに説明があったとおり、従来のコンピュータでは大量の計算時間を要した暗号を解読できるようになる。
量子コンピュータの進展にはまた、ハードウェアの進化も欠かせない。寺部氏によると、これまではゲート型と呼ばれる汎用量子コンピュータの中でも超伝導方式の開発が先行していたが、中性原子、イオントラップ、光量子など、いくつかの有力な方式の技術開発が進み、群雄割拠の状態にあるという。そしてその開発スピードは当初の見込みより早く、2028年頃には量子コンピュータが実用化されるかもしれないそうだ。
こうした動きに合わせてデロイトトーマツコンサルティングでは、産業支援のみならず自社で量子コンピューティングの技術研究やエコシステムの形成などを手がけていると、寺部氏は説明。同社と中外製薬が共同で、量子コンピュータが実現した際にどのようにその技術を創薬に活用できるのか、外部の新興企業や学術界と連携しながらPoCに取り組んでいる事例が紹介され、同氏の講演は締め括られた。