全社戦略を事業戦略の「ホチキス止め」にせず、「夢物語」にもしないために
市場環境の変化を受けて、事業のみならず、組織や人材の転換にも臨む日本特殊陶業。その野心的な取り組みに佐藤氏は称賛を送った。
「従来、日本企業では“事業戦略はあるが、全社戦略はない”というのが通例でした。中期経営計画として各事業部門が提出した事業計画をホチキス留めしたように並べて、それを全社戦略と称している企業が少なくなかった。しかし、日本特殊陶業さんの場合、そうした事業部門主導の戦略では、10年後、20年後には事業自体がなくなっているかもしれません。だからこそ、会社として、どのような姿を目指し、その目標に向けてどのように進んでいくかという、本来の意味での全社戦略が必要になるわけです。この一連の戦略プロセスを実行しているのは、まさしく事業家的な思考を有している証拠ですから、非常に興味深い企業だと思います」(佐藤氏)
加えて、佐藤氏は日本特殊陶業の投資家的な側面も指摘した。佐藤氏曰く、全社戦略は「夢物語」になりやすい。その夢物語に説得力を与え、社内外からの信頼を獲得するには、戦略の成果や進捗についてファイナンスの指標を用いて説明する必要がある。ビジョンを基軸にした全社戦略を実践しつつも、事業ポートフォリオにおける「内燃:非内燃」の売上高比率の転換やROIC目標など、明確な指標を用いて戦略を解説する日本特殊陶業は、投資家的な思考も併せ持っていると佐藤氏は述べた。
事業家思考と投資家思考を両立した人材に育成は可能か
ここで、モデレータの日置圭介氏が、セッションの主題となる議題「事業家思考と投資家思考を両立した人材は、どうすれば育成できるのか」を提示した。経営者やCFOはもちろん、長期的に組織を存続させるには、次世代の経営人材にも事業家思考と投資家思考の両立を促さなければいけない。それは、どうすれば可能なのか。その際に取り組むべきは、組織機能の変革なのか、人材育成の強化なのか、組織文化の醸成なのか。
この議題について、佐藤氏は「答えは2つしかないと思います」として持論を述べた。1つ目は「人材のローテーション」、2つ目は「部門間の連携」だ。
「個人の視点でいえば、まずは“戦略”とは何か、“ファイナンス”とは何か、という教科書レベルの知識を押さえる。ここで、特に重要なのはファイナンスを計算問題と捉えるのではなく、企業経営を語るための言語として捉えて学ぶことです。そして、その上でさまざまな部門をローテーションしながら、実戦の中で事業家と投資家の両側面を身に付けていく。個人が事業家思考と投資家思考を両立するには、この方法に尽きるように思います。一方で、組織機能として2つの思考を有するには、部門間の連携を強化するしかありません。ただし、部門間の連携には双方を結びつける共通言語が必要ですから、組織内で広く戦略とファイナンスが理解されていなければいけません。その状況を作るためにも、やはり事業家思考と投資家思考を両立した個人が必要になるということだと思います」(佐藤氏)
この佐藤氏の主張に鈴木氏も同調。日本特殊陶業においても、ローテーションによる次世代の経営人材育成に一定の効果を感じているのだという。
「例えば、当社でいえば、若手のうちから海外子会社に出向して、事業から財務までを一貫して経験するというケースがあります。責任を持って経営に意見したり、また自分自身が経営の主体になったりという経験は、間違いなく経営人材としての素養を育てますし、その中で事業家思考と投資家思考の両立も図られるのではないでしょうか。私自身もそうした育成は今後より強化すべきだと思っています」(鈴木氏)
“自腹を切る”か“家業としての事業経験”があるか
また、鈴木氏はこうしたケースの例外として「家業をしている社員はもとから事業家思考と投資家思考が備わっていることが多いと思います」と付け加えた。自己資金で事業を立ち上げ、キャッシュフローを意識しながらビジネスを運営していかざるを得ない家業には、不可避的に事業家思考と投資家思考が求められる。その状況を幼いころから目にしている人材には、自然と戦略とファイナンスを一体的に捉える感覚が備わっているのだという。
これに佐藤氏は深く頷き、「多くの人はファイナンスを自分とは縁遠いものと考えがちなのですが、自己資金でビジネスをするとなれば、誰でもお金の流れや利益率を意識しはじめます」とコメント。事業家思考と投資家思考の両立には、教科書的な知識もさることながら、いかにリアリティを持ってビジネスに取り組むのかという「意識」の問題も大きいと指摘した。
