第一人者が語る、FP&Aが注目される「3つの理由」
Biz/Zine編集部・栗原茂(以下、栗原):現在、FP&Aや経営管理への注目が非常に高まっています。この背景をどう見ていますか。
池側千絵氏(以下、池側):FP&Aに類する「ファイナンス部門の本来の役割」について話し始めた10年ほど前は、「SFみたいだ」という反応でした。
潮目が変わったのはここ数年です。きっかけは、経営における危機感です。不祥事や業績悪化、事業ポートフォリオ変革など、大きな経営課題に直面した企業が、変革の手段としてFP&Aに着目しはじめました。また、海外経験のあるミドルリーダー層が、自社の経営管理に疑問を持ち、ボトムアップで変革を志すケースも増えています。
日本CFO協会主任研究員・認定FP&Aアドバイザー。慶應義塾大学大学院経営管理研究科非常勤講師。東証プライム上場企業社外取締役。中小企業診断士、MBA、博士(プロフェッショナル会計学)。著書『管理会計担当者の役割・知識・スキル』(中央経済社、2022年)、『実践日本版FP&A』(中央経済社、2025年)
石橋善一郎氏(以下、石橋):FP&Aが注目される背景には3つの要因があると考えます。
1つ目は池側さんの話にも通じますが、「資本市場からのプレッシャー」です。この10年で日本の資本市場は大きく変わりました。伊藤レポートの「ROE8%」提言、コーポレートガバナンス・コード導入、近年の「PBR1倍割れ問題」など、「企業価値を高めてください」という市場からの要求が格段に強まっています。
これに応えるにはCFO組織や経営管理体制の強化が不可欠で、その中核としてFP&Aが求められています。
栗原:PBR1倍割れ問題以降、IRだけでなく経営管理の仕組み自体の見直しが活発ですね。
石橋:2つ目は「経営管理プロセスの革新」です。
残念ながら、日本企業の経営管理プロセスはグローバル企業に比べ20年遅れています。その特徴は「財管一致」と呼ばれる、当期純利益目標の達成にフォーカスした「財務報告目的の経営管理プロセス」です。中期経営計画と年度予算の策定自体が目的化しています。
対してグローバル企業は、事業戦略を実行するため「予測(フォーキャスト)」を中心に据えています。これはFP&Aプロセスと呼ばれ、「1.報告・分析」「2.中計・予算編成」「3.予測作成」「4.ドライバーに基づいた財務モデル」の4つから成る経営意思決定のプラットフォームです。
FP&Aプロセスでは「3.予測作成」「4.ドライバーに基づいた財務モデル」が中心です。
「予測」とは、中期(3~5年)と短期(12~18カ月)の予測を「ローリング」させ、未来の変化に応じて迅速にアクションを起こすことです。事業戦略を実行し、事業価値を高めることを目的とします。
日本企業も年度末までの利益見込みを作成しますが、ローリング予測とは別物で、事業戦略を実行する目的意識が欠けています。
栗原:「予測」は分かりましたが、「ドライバーに基づいた財務モデル」とは何でしょうか。
石橋:企業の価値や業績に最も大きな影響を与える「ドライバー」を特定し、その変動が財務数値(売上、利益、キャッシュ・フローなど)にどう影響するかを数式でモデル化する手法です。
栗原:ありがとうございます。そのうえで、FP&Aが注目される背景の3つ目は何でしょうか。
石橋:3つ目は「テクノロジーと人材」です。先ほど述べた「ドライバーに基づいた財務モデル」によって「ローリング予測」を実行するには、データとテクノロジーが不可欠です。ERPなどから財務上のデータだけでなく、市場や業務上のデータを集め、AIなども活用して時系列分析や回帰分析を行うことにより予測モデルを構築する環境が、DXの進展によってようやく整ってきました。
そして、こうした仕組みを使いこなす「FP&A人材」の流動化が始まったことも大きいです。転職が当たり前になり、プロフェッショナル人材がキャリアを自ら構築する時代になりました。終身雇用を前提とした「特定企業の経営管理の実務家」ではなく、転職を前提とする専門知識を持った「プロフェッショナル」がFP&Aを担うことで、企業変革のエンジンになるという期待が高まっています。
