生成AIを事業や経営に組み込む具体的なステップ
栗原茂(以下、栗原):前編では、小宮さんが2024年に出版された『生成DX 生成AIが生んだ新たなビジネスモデル』(SBクリエティブ。以下、本書)の内容をもとに、生成AI活用の3つのモデルを伺いました。しかし、活用を高度化するためには、組織の体制や個人のマインドセットなども同時に変革しなければいけません。後編では、生成AI活用に求められる組織や個人のあり方についてお伺いします。
小宮昌人氏(以下、小宮):前編の内容に遡りますが、まずは「生成AIは人間を100%代替できない」という点を理解しておくのは重要なポイントだと思います。たしかに、生成AIは多様な業務やプロセスに活用できますが、アウトプットの品質は人間の6~7割程度と割り切っておくべきでしょう。私自身の経験から振り返っても、生成AIで既存業務を完全に代替しようとして失敗している企業が多い印象です。そのため、「どこまでが生成AIに担えて、どこからは人間が判断しなければならないのか」という、業務やプロセスの切り分けが重要になると思います。
一方で、既存のオペレーションや業務フローの組み替えも欠かせません。当然ながら、生成AIを導入すれば既存業務の効率性は上がります。しかし、既存業務をそのまま生成AIによって効率化するのみでは先述のとおり品質は徐々に下がっていくとともに、他社との差が無くなっていきます。業務オペレーション全体を生成AI活用に適した形に組み替えて、より付加価値を上げていき、人材が成長していくオペレーションや組織に変えていかなければいけません。そのため、中長期的な視点であるべき組織や事業のあり方を描きながら、呼応するように新たなオペレーションを構想する必要があります。
栗原:「あるべき姿」を描きながら中長期的な計画を練っていくという点は、新規事業や企業変革の取り組みと似ていますね。
小宮:そうですね。DXなどと同様に、生成AIはあくまで手段であり、最終的な目的は事業や経営そのものを変革することです。その点を忘れていけないと思います。
しかし一方、オペレーション全体の組み替えには多大なリソースが求められるのも事実です。既存業務を回すだけでも手一杯のなか、オペレーションの変革に取り組むのは、リソースの面でもモチベーションの面でも敷居が高いでしょう。
そのため、私は生成AI活用を短期の「クイックヒット」、中期の「あるべき姿」、その間を埋めるための「データ拡張」の3段階で進めるのが良いと思っています。

まずは、前編でお話しした「生成AI活用1.0」のモデルに則り文章作成や顧客対応などの個別の業務を効率化することや、「生成AI活用2.0」のなかでもより効果の出やすいRAGを通じて自社が持つ文書・ノウハウ・データを参照して各種業務を効率化することで「クイックヒット」の成果を得ます。そこで、クイックヒットにより生まれたリソースの余剰や社内の機運を後押しにして、生成AIの活用や生成AIを前提とした業務のあり方やビジネスモデルのあり方の検討に移ります。
それが中期での「あるべき姿」の検討です。AIエージェントやフィジカルAI(現実世界とAIを融合させる注目の技術)を活用して、業務プロセスの組み替えや中期での組織や事業のあり方を構想していきます。そのうえで、あるべき姿から逆算した際に足りないデータやナレッジを「データ拡張」していく段階が足元と中期をつなぐ際に重要となります。なぜなら、生成AIの活用で効果を出すためには、データ化が必須だからです。
どの企業にもデータ化されていないノウハウやナレッジ、すなわち「暗黙知」が存在するはずです。それらをドキュメント化して学習させることで、生成AIの価値も拡張され、さらに高度なアウトプットが可能になります。これが2段階目の「データ拡張」です。そのためには、どのナレッジ・ノウハウが今後のビジネスにおいて重要なのかを見定めることや、そのノウハウを熟練者へのインタビューを通じて構造的な文書化・データ化すること、それらのデータを常に最新状態にアップデートし続けることが重要となります。
このように、最初から中長期的な構想に取り組むことだけでなく、小さな成功事例やクイックヒットをもとにリソースや社内の協力体制を構築すること、さらにはその実現のためのデータ拡張を組み合わせて展開していくことが生成AI活用を高度化するうえでのポイントです。
ライオンの生成AIを活用した暗黙知の可視化
栗原:その3段階では、社内の暗黙知を形式知化する「データ拡張」が重要だと思いました。データ拡張を行う際に注意すべき点はありますか。
小宮:データ拡張では、どのようなデータをどのように引き出すかが重要になると思います。たとえば、いくら暗黙知の形式知化が大切だと言っても、社内のあらゆる暗黙知をドキュメントにするわけにはいきませんし、その必要もありません。つまり、データ拡張に取り組む際には、「どの暗黙知を形式知化すべきか」という見極めと優先順位の設定を重視すべきです。
また、「どのように引き出すか」という点では、インタビューが必要です。生活用品メーカーのライオンは、生産技術などの暗黙知を反映した「知識伝承AIシステム」を構築していますが、そのなかでは熟練技術者へのインタビューを通じて暗黙知のドキュメント化が行われています。
文書化やデータ化においても効率的な手法が生まれてきています。たとえば、熟練技能者の工程を動画で撮影し、生成AIにその動画に基づいて工程の実施内容を文書化してほしいと指示することでマニュアルの叩き台となる文書が生成できます。そうした叩き台となるドキュメントを生成AIでアウトプットし、その後に熟練技能者に加筆・手直ししてもらえば、効率的かつ精度高くドキュメント化を行えます。