屋外作業者を対象ユーザーにしなかった理由
──非常に好調のようですが、成功要因はどこにあったとお考えですか?
対象ユーザーを「都市圏のビジネスパーソン」に絞った点です。事業を成立させるためには、ニッチよりもマスの悩みに寄り添ったほうが良いと考えました。衣服の中に隠れる設計を追求したのもそのためです。実は、ソニー内部の意見では「屋外作業者を対象にしたほうが良い」と言われていたのですが、私はそうしませんでした。

──なぜそうしなかったのでしょうか。
一般のビジネスパーソンに比べるとパイが小さい上、空調服という解決策が既にあったからです。都内であれば約1,500万人、近郊を含めると約2,000万人のビジネスパーソンがいると言われています。クラウドファンディングのユーザーの大半をこの層が占めていることもあり、戦略は立てやすかったです。
──苦労した点があれば教えてください。
事業化までの苦労はそれほど多くなかったかもしれません。0→1は勢いが9割、言わばバンドのファーストアルバムのようなものです。セカンド、サードとアルバムを出すにつれてマーケティングが求められ、フェーズに応じて組織が変わり、勢いや情熱だけでは立ち行かなくなります。立ち上げメンバーと途中から加入したメンバーの温度差も生じるため、昔に比べると今のほうが眠りは浅い気がしますね(笑)。
グローバル展開でも苦労しています。時差の問題も無視できませんし、文化や国民性が異なる市場で新しいデバイスのプロダクトマーケットフィットを図るハードルは相当高いです。0→1の頃には少なかった“因数”が増えて、方程式が解きにくくなっている実感はあります。
大企業の新規事業開発に敗者復活戦はない
──伊藤さんから見て、大企業で新規事業を開発するメリット/デメリットはどのような点にありますか?
インフラが既に整っていて、それを使わせてもらえる点はメリットですよね。ただし、大企業のインフラと自分たちの事業規模がマッチしないケースもあります。アセットは使い方次第ですから「大企業発であろうと中小企業発であろうと個人発であろうと、あまり大きな差異はない」というのが私個人の意見です。
アセットをうまく使いこなせるなら、大企業のほうが圧倒的に“速い”とは思います。そもそもインフラを立ち上げる必要がありませんから。一方で、整ったインフラはステークホルダーの多さを意味します。数多くのステークホルダーを説得するのは大変です。
私の印象ですが、大企業発の新規事業には敗者復活戦がありません。オープン戦でいきなり打席に立たなければならず、ドラフト一位の選手がどんどん入ってきたり、新しい助っ人が入ってきたり。私たちはクラウドファンディングが成功したから次に進めましたが、あそこで苦戦していた場合、立て直すのは難しかった気がします。
──事業化から約5年が経過したタイミングでスピンオフされたそうですね。スピンオフした理由をお話しください。
事業化を検討し始めた頃から、ソニーの既存組織の中の一商品として立ち上げる考えはありませんでした。なぜなら事業規模が合わないからです。数千億円規模の事業をつくるつもりなら、ソニーの中で立ち上げる意味を見出せます。そうでない場合は否です。REON POCKETの事業規模を考えると、本社の離れ小島でやっていくのが良いと考えました。