PoCの壁を越えるための“現場”と“課題”への向き合い方
小野塚征志氏(以下、小野塚):まずは皆様の事業のご紹介をお願いします。
前川祐介氏(以下、前川):エアークローゼットの前川です。当社はファッションレンタルサービス「エアークローゼット」を基幹事業とし、そこで培った循環型の物流を自社開発のWMS(倉庫管理システム)で実現しています。シェアリング事業を始めたい企業様へこの仕組み自体を提供するBtoB事業も展開しており、本日は事業会社のプレーヤーとしてお話します。
松下健氏(以下、松下):オプティマインドの松下です。私は名古屋大学でAIアルゴリズムを研究し、輸配送管理システム(TMS、トランスポーテーション・マネジメント・システム)を提供するオプティマインドを創業しました。システム提供に加え、データ分析を通じてお客様の課題を定量的に可視化する支援も行っています。
松倉怜氏(以下、松倉):AVILENの松倉です。「データとアルゴリズムで、人類を豊かにする」をミッションに掲げるAI開発企業です。高い技術力に加え、PoCで終わらせないための「AI戦略」の策定から、お客様のデータ活用内製化までを一気通貫でご支援している点が特徴です。

小野塚:最初のテーマは、多くの企業が直面する「PoCの壁」です。トライアルで始めても成果が出ずに止まってしまうケースが後を絶ちません。この最初のステップについて、松倉さんからお願いします。
松倉:重要なのは2点です。1つ目は、社内のAIリテラシーを揃えること。AIを「魔法の杖」と思い込み、「100点の精度が出ないからダメだ」と判断しては先に進めません。AIのできること・できないことを正しく認識することが第一歩です。2つ目は、目先の「やれること」ではなく、ビジネスの本質的な課題を見極めて取り組むことです。事業へのインパクトが小さい課題から手をつけても、PoCの次の投資判断にはつながりません。
小野塚:ありがとうございます。松下さんは、ルート最適化のサービスを提供する中でどのような壁を感じましたか?
松下:「最適化」という言葉の難しさです。数理的に最適でも、たとえば特定のドライバーに負荷が偏るなど、現場の感覚では「正しくない」ことがあります。私たちは、現場に足しげく通い、数理的には正しくなくてもその現場に適している「正しい非合理性」と、なんとなく受け入れている非合理性を切り分けるよう対話することを重視しています。システムか現場か、どちらかに一方的に合わせるのではなく、その対話を通じて現実的な解を見つけることが成功のカギだと実感しています。

AIは導入して終わりではない。“育てる”視点と文化が競争優位を築く
小野塚:なるほど、現場との対話が重要ということですね。他に、プロジェクトを進める上で重要な概念はありますか?
松倉:「AIは育てるものだ」という認識を社内で共有することです。今あるデータで出せる精度は、あくまでスタート地点にすぎません。現場でPDCAを回し、データを追加し、プロセスを改善していく。この長期的な育成視点が、5年後、10年後の圧倒的な競争優位につながります。
小野塚:長期的な視点が不可欠なのですね。前川さんは、どのようにAI導入を進められたのでしょうか。
前川:私たちが最も重視したのは、AI導入自体をゴールにせず、UX(顧客体験)の最大化をゴールに設定したことです。UX向上という全社共通の目標があれば、AIはあくまでそのための手段として自然に活用されます。また、当社でも「AIを育てる」文化を大切にしています。創業時から、経験豊富な担当者のロジックとAIのロジックを競わせ、その成長過程を全社で共有し、楽しむような雰囲気がありました。

小野塚:素晴らしい文化ですね。松下さんは「育て役」を誰が担うべきだとお考えでしょうか。
松下:育て役は、まず現場のベテラン担当者にお願いするのが最も重要です。「あなたのノウハウをAIに教えてください。あなたの仕事を奪うことは絶対にしません」という経営層からの明確なメッセージが、現場の協力を引き出し、AIへの当事者意識を育み、スムーズな導入を可能にするのだと思います。