リーダーが経験した「必然性」。危機と挫折が教養を求めた
セッションは、なぜ今リベラルアーツが重要なのかという「Why」から始まった。3名のリーダーは、キャリアにおける重大な局面や危機、挫折といった「必然性」によって、教養の重要性を痛感した経験を共有した。
危機下の意思決定を支えた軸、JT岩井氏が語る「教養の3段階」
1983年 日本専売公社(現日本たばこ産業株式会社)入社。食品事業担当執行役員、取締役常務執行役員などを経て2011年JT International S.A. Executive Vice President就任。その後、専務執行役員、代表取締役副社長、取締役副会長を経て、2022年より現職。また、2021年株式会社TDK社外取締役(現任)、2024年公益社団法人経済同友会筆頭副代表幹事・代表理事(現任)などを歴任。
40年以上にわたりJTの変革を体感・実践してきた岩井氏は、リーダーにとってのリベラルアーツを3つの段階で定義する。
第1段階は、グローバルビジネスにおける雑談力などにも通じる「知識・情報」としての教養。第2段階は、物事の本質を見抜いたり、歴史から学んだりするための「思考・意思決定のツール」としての教養である。だが、岩井氏が最も重要視するのは第3段階、すなわち「Being(より良く生きる)」のための教養だ。
「自分自身の生き方だけでなく、組織を率いる者は、従業員の人生や事業が社会に与える影響(光と影)も背負っている。その時、何が正しいのか、倫理的な決断を下すための軸が必要になる」と岩井氏は語る。
その必然性を痛感したのが、2008年に発生した、100%子会社による中国産冷凍餃子への農薬混入事件だ。当時、食品事業の担当役員だった岩井氏は、事業責任者としてまさに危機の渦中にいた。
「本当に何を今決断し、何を話すべきか。そういうことを考えざるを得ませんでした。いざという時に『すみません、知りませんでした』では済まされない。そういう時に支えになったのが、私にとっては古典などの教養でした」(JT・岩井睦雄氏)
また、JTの祖業であるたばこ事業についても、その「光と影」を見つめ、必需品ではないものがなぜ人間に求められるのか、それは「心の豊かさ」ではないか、といった哲学的な問いに向き合う上で、リベラルアーツが不可欠であったと振り返った。
タイミー小川氏が直面し、気付いた必然性
2017年、20歳でアパレル関連事業の株式会社レコレを創業、翌年事業転換を決意。2018年8月に「働きたい時間」と「働いてほしい時間」をマッチングするスポットワークサービス「タイミー」をローンチ。社会のニーズをとらえ早期にPMFを実現し、大きく成長を遂げる。2024年7月には創業7年・27歳3ヵ月にして、東証グロース市場へ最年少ユニコーン上場(独立の企業として)。
一方、創業7年、27歳で「最年少ユニコーン上場」を果たしたタイミーの小川氏は、まったく異なる文脈から教養の必要性に直面した。「正直、スタートアップ初期はリベラルアーツの必然性はそこまで感じていなかった」と小川氏は率直に語る。
「創業期は『最年少上場するぞ』という分かりやすい夢で、優秀なメンバーが集まってくれた。ある意味、リベラルアーツがなくても組織はドライブしたのです」(タイミー・小川嶺氏)
しかし、その潮目が変わったのが上場後だった。初期メンバーが次々と会社を去っていくという現実に直面する。
「その時、人を繋ぎ止めるものは何かを考えた時に、やはり社会的意義(パーパス)に立ち返るしかなかった」と小川氏は言う。何のためにタイミーをやるのか。上場はゴールではない。その先のビジョンを語り、国や社会といったより大きなステークホルダーと対話していく必要性に迫られた。
「そのためにこそ教養が必要だと痛感した。もっと初期から自分がリベラルアーツを身につけていれば、もっと力強い組織を作れたのではないか、上場時に人が辞めることはなかったのではないか、と今は思っています」(タイミー・小川嶺氏)
小川氏にとってのリベラルアーツは、成功の後に訪れた挫折を経て、組織を次のステージへ導くために獲得を迫られた「必然の武器」だったのである。
