AIは「学習対象」ではなく「使う」もの
セッションは、モデレーターの木嵜氏による日本企業のAI活用状況が進んでいない状況の共有から始まった。多くの企業がAIの重要性を認識しつつも、どう使っていいかわからず、具体的な実装に至っていないのではないか。
この問いに対し、OpenAI Japanの長﨑氏は「同感です」と即答した。
「たとえばChatGPTは、勉強するものではなくて『使うもの』なのです。マニュアルを読んで理解するのではなく、使いながら覚えていく。AIは日々進化しており、昨日できなかったことが今日できるかもしれない。まずは『使う』という一歩を踏み出し、『AIの筋肉』をつけていくことが今後必須になると感じています」(OpenAI Japan 長﨑氏)
長﨑氏が指摘するのは、AIを既存のITツールと同様に「学習対象」として捉え、完璧な理解やマニュアル整備などを待ってしまい、実践が遅れるという日本企業特有の傾向だ。
1993年米国カリフォルニア州立大学イーストベイ校数学科卒業後、メーカー勤務を経て1998年デル入社。2000年F5に加わり、2006年代表取締役社長兼米国本社副社長に就任。2011年AWSジャパン代表として日本のクラウド市場をゼロから構築し、12年半にわたり数兆円規模の投資や雇用創出、デジタル化推進に貢献。2024年3月より現職。
AIという「部品」を「製品(価値)」に転換する
一方、10年以上前からAIの社会実装に取り組んできたPKSHA Technologyの上野山氏は、別の視点から現状の混乱を分析する。
「AIは最終製品ではなく『部品』である、と我々は言い続けています。かつてトランジスタという技術(部品)が生まれ、それを使ってさまざまな家電(製品)が作られました。AIも同様で、ファンデーションモデル(基盤モデル)という部品だけを購入しても、それだけでは価値にはなりません。OpenAIもChatGPTというアプリケーションを提供していますが、多くの企業にとっては、AIを自社の業務や製品にどう組み込むか、というアプリケーション化の視点が不可欠です。この『部品』と『製品(価値)』のレイヤーが少々混乱している側面があります」(PKSHA Technology 上野山氏)
「使わない」ことによる経験不足と、「部品」を「価値」に転換するアプリケーション開発力の不足。この2点が、必要性は十分に認識しながら掛け声止まりとなっている日本企業のAI実装の「壁」の正体と言えそうだ。
未来のソフトウエアの研究開発と社会実装をライフワークとし、人と共進化/対話をする多様なAI・AIエージェントを創業以来累計4,400社以上に導入。 ボストン コンサルティング グループ、グリー・インターナショナルを経て、東京大学松尾研究室にて博士(機械学習)取得後、2012年PKSHA Technologyを創業。 内閣官房デジタル行財政改革会議構成員等の公務に従事し、社会におけるAI/ソフトウエアの在り方を検討。
「物知りAI」から「働くAIエージェント」へ
セッションでの議論の焦点は、AI技術そのものの急速な進化に移る。上野山氏は、AIの進化には明確なフェーズの変化があると語る。
「この数年で登場したのは、いろいろなことを教えてくれる『物知りなAI』でした。これがフェーズ1です。しかし、今はフェーズ2、すなわち『行動するAIエージェント』の時代に入っています。テキストを入れたら回答が返ってくるだけでなく、テキストを起点に行動し、実際に仕事をしてくれる。この『働くAIエージェント』こそが、今後のインパクトの本体ではないかと考えています」(PKSHA Technology 上野山氏)
上野山氏は、AIの進化を「物知り(フェーズ1)」から「行動(フェーズ2)」するエージェントの段階へ移行していると分析した。長﨑氏もこの見解に同意する。ChatGPT自体が、単なる対話システムから進化しているという。
「2024年のChatGPTは、何か言ったことに対して回答をくれる、いわゆるチャットでした。それが今年に入り、何か問いを投げた際に人間のように深く考え、オプションを提示し、判断し、高度な問題を解決したり、実行したりするようになり始めています。これは2024年とは全く違う。さらにマルチモーダル(テキスト、画像、音声、動画などを統合的に扱う技術)も加わり、リサーチやコーディング支援も可能になっています。このスピード感は、今までのITの歴史とは根本的に異なります」(OpenAI Japan 長﨑氏)
