企業の競争優位は「データモデル」が決める
寺部雅能氏(以下、寺部):本日はよろしくお願いします。まずは北西様ご自身と、現在の取り組みについてお聞かせください。
北西由武氏(以下、北西):私はDX推進本部データサイエンス部に所属し、全社横断でのデータ活用を推進しています。当社の特徴は、データサイエンス部がIT部門の配下ではなく、IT&デジタルソリューション部、そしてDX新規事業推進室と並列の位置づけにある点です。各部門の構想段階から伴走し、システム設計の初期フェーズからデータ活用を前提に組み込む体制を整えています。
IT主導でプロジェクトが進む場合、まずシステムを構築し、その後「このシステムで取得できるデータ」から分析を始めがちです。しかし私たちはむしろ、「後からでは取得できないデータは何か」「将来の分析を見据えてマスターデータをどう設計すべきか」といった問いから議論を始めます。解析や利活用を見据え、データをどのように構造化するかを常に意識しているのです。
このような設計思想こそが、将来の競争優位の源泉になると考えています。
現在、SaaS市場は大きな転換点を迎えています。AIの進化によって、人間がUIを通して操作するという従来のサービス構造そのものが変わりつつあります。自然言語で指示を出せば、AIが自律的にデータへアクセスし、加工し、結果を提示する。2026年2月にAnthropic社がClaude Cowork(AIエージェント型ワークフロー機能)を発表した直後、SaaS企業の株価が下落した出来事は、その象徴的な一幕と考えられます。AIエージェントの時代には、ユーザー単位のライセンスモデルそのものが揺らぎ始めているとも言われています。
こうした環境の中で、最終的な競争力として残るのは「データモデル」だと見ています。どのような思想のもとで、どのような構造でデータが設計されているのか。公開情報だけでは代替できない企業固有のデータ資産と、その設計思想こそが、持続的な優位性を生み出すのです。
ビジネスとデータへの深い理解が意思決定の質を底上げ
寺部:そうした企業独自の「データモデル」を構築するために、塩野義製薬ではどのようなアプローチをとっているのでしょうか。
北西:当社では「データサイエンス」を掲げ、人が理解し、分析し、活用できるデータ構造を設計する姿勢を一貫してきました。その蓄積があるからこそ、現在進めているセントラルデータマネジメント(CDM)構想でも、質の高いデータベースを構築できていると考えています。
こうした設計思想を全社レベルで実装し、具体的な価値創出へとつなげるために、現在、データサイエンス部は大きく二つのユニットに分かれています。
一つはデータエンジニアリングユニットで、社内データ基盤の高度化と社外データの探索という二つのグループで再編を進めています。もう一つがデータサイエンスユニットです。こちらでは生成AIの専門グループ(Generative AIグループ)を本格稼働させるとともに、別のコンピュータサイエンスグループが高機能計算環境の整備やGPUの調達、解析基盤の構築まで担っています。量子コンピューティングも、その延長線上に位置づけています。個別の技術を点で導入するのではなく、大きな技術基盤の文脈の中で捉えているのです。
私たちがあえて「サイエンス」という言葉にこだわるのは、業務の見える化となる「観察」、タスク要否も含めた「仮説」、仮説の検証である「実験」、プロセス最適化に向けた「考察」、そして施策・行動へと至る「意思決定」のサイクルを確実に回し続けるためです。
応用ありきではなく、必ずビジネスの理解とデータの理解から出発する。その姿勢を崩さないことが、結果として意思決定の質を高めると考えています。
また、業務部門と専門家が相互に理解を深めながら進める体制も重視しています。社内のデータリテラシーを高めることでコミュニケーションロスを減らし、「データサイエンティストの独り相撲」を避ける狙いです。
