企業と投資家の間に潜む「資本効率」への認識ギャップ
発表会の冒頭、岩泉氏は現代の企業を取り巻く経営環境の変化に触れた。東京証券取引所による資本効率改善の制度化や機関投資家からの規律づけが進む中、PBR(株価純資産倍率)を意識した経営は、上場企業にとって既に不可欠な要件となっている。しかしながら、経営目標として重視すべき指標において、企業と投資家の間には依然として明確なギャップが存在するという。具体的には、双方がROE(株主資本利益率)を最重視する点では一致しているものの、投資家がROIC(投下資本利益率)を高く評価する一方で、企業側は目先の利益額や売上高を優先しがちであり、ROICの重要度が十分に浸透していない実態が浮き彫りになった。
こうした視点の食い違いは、投資戦略においても顕著に表れている。中長期的な投資先として、企業側が有形資産への設備投資や株主還元を重視する傾向にあるのに対し、投資家はIT・デジタル投資や研究開発といった、将来の成長ドライバーとなる無形資産への投資を高く評価しているのだ。岩泉氏は、「着実な成果が見えやすい設備投資を好む企業と、将来に向けた成長への再投資を求める投資家との間に生じるこの認識のズレこそが、企業の真の価値向上を阻む一因になっている」と指摘した。
このような背景を踏まえると、IT・デジタル投資はもはや単なるコスト削減策ではなく、企業価値に直結する戦略的資源として再定義されなければならない。歴史を振り返ると、1980年代から2000年代にかけて、ビジネス戦略とIT戦略はそれぞれ独立したトレンドのもとで進化し、分離してきた。かつては分散処理やERPパッケージ化、クラウド化といった技術面のトレンドが先行していたものの、ROIC経営時代に突入した現在、企業の持続的な成長には、ビジネス戦略とIT戦略を不可分なものとして融合させることが強く求められている。
これまで多くの企業では、ITやDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進は情報システム部門やCIO(最高情報責任者)の専管事項として扱われがちであった。しかし岩泉氏は、「ROIC経営を実践し、真に事業価値の向上を目指すのであれば、ITマネジメントは経営層が直接向き合うべき『経営管理そのもの』である」と強調する。投資家の期待に応え、成長分野への投資を成功に導くためには、経営陣全体でITマネジメントのあり方を根本から見直す必要があるのだ。
独自調査が明かす「高PBR企業」のIT投資マネジメント
発表会の中盤では、同社が2025年8月に実施した独自調査(売上1,000億円以上の企業を対象としたWeb調査)の結果が示された。分析によると、IT・デジタル投資の管理レベルが高い企業ほど、PBRが向上する傾向にあることが判明した。総じてどの企業もIT投資を重視していると回答するものの、投資の中身には明確な違いがある。PBRの高い企業がAIやデータ分析、顧客接点のデジタル化といった「ビジネスに直結する攻めの投資」に注力しているのに対し、PBRの低い企業は基幹システムの刷新など「守りの投資」に偏る傾向が確認されたのである。
では、高いPBRを実現するためには具体的に何が求められるのだろうか。岩泉氏によれば、最大の鍵となるのは「ITとビジネス戦略の連携度合い」を高めることだという。実際、事業のポートフォリオ戦略とIT投資を密接に連動させている企業ほど、運用投資にとどまらず、成長投資や変革投資に大きくリソースを振り分けている。すなわち、IT投資の管理レベルを高度化するには、IT部門単独の改善努力に依存するのではなく、初期段階からビジネス戦略との連携を深めていくアプローチが有効であるとデータが裏付けているのだ。
提示された関係図を見ると、IT・デジタル投資の管理レベルを構成する「ポートフォリオ管理」「ROI(投資対効果)評価」「コスト管理」「外部への開示」といった要素は、それぞれが相互に連関していることがわかる。これらの管理レベルを全体として高水準で維持するためには、IT部門とビジネス部門の強固な連携が欠かせない。岩泉氏は、「PBRを向上させるための現実的な解決策は、ITとビジネスの連携水準を引き上げ、それに伴ってIT投資の管理レベルを底上げすることに尽きる」と結論づけた。
