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画一化から個別最適化へ テクノロジーが可能にした「デフレーミング戦略」とは

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 これまで規模の経済を支えてきた画一化された商品が受け入れられなくなり、個人の感性やライフスタイルに合わせて最適化された商品を提供するビジネスが隆盛しつつある。情報経済学などの分野で実績を残してきた高木聡一郎氏は、画一化という枠を破壊し内部要素をパーソナライズする手法をデーフレミング戦略と呼び、今後ビジネスにおいて欠かせない視点になると唱える。今回、高木氏の考えをまとめた『デフレーミング戦略』(翔泳社)より、「第1章 「画一性による規模の経済」の終焉」を抜粋して紹介する。

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「画一性による規模の経済」の終焉

 20世紀の経済を象徴するのは、画一性による規模の経済でした。商品にせよサービスにせよ、個別のユーザーの事情はさておき、一定の「枠」にパッケージ化し、それを大量に生産・供給することで、「規模の経済」を実現するというものです。

 18世紀に始まった産業革命によって、それまでの職人技で小規模の生産を行っていた経済から、同じものを大量に生産し、鉄道網や蒸気船を利用して大量に流通させる経済に変革されました。

 その後、自動車のT型フォード、トヨタ生産方式、またIT革命時代に入ってマイクロソフトのオペレーティング・システム、アップルのマッキントッシュにいたるまで、いずれの製品も、この産業革命時代の発想に基づく利益の追求が行われてきたのです。それは、だれもがほどほどに満足する機能をパッケージ化して、個別のカスタマイズを要らないようにした上で、世界中で大量に販売するという考え方です。これが経済の黄金法則である時代が長く続いてきました。

 確かに、パッケージ化されたものを大量に販売する方式には、様々なメリットがあります。提供者は、一つの設計に基づく製品を大量に生産すれば、生産コストを安く抑えることが可能です。個別のニーズを聞く必要もありません。消費者側も、自分が何を必要としているかを細かく考える必要なく、「これを買っておけばひとまず安心」というものを見つけることができます。

 しかし、一定の「枠」にパッケージ化された商品やサービスは、実は大いなる無駄を含んでいます。たとえば、皆さんのパソコンやスマートフォンには、おそらく一度も使ったことのないアプリケーションが入っているのではないでしょうか。タダだからいいや、と思われるかもしれませんが、その開発費用は商品の価格に上乗せされています。あるいは、本当に欲しいものではないのに、手に入るものの中で、比較的よいということで我慢して使っているものもあるでしょう。

 また、商品やサービスだけでなく、私たち働き手の側も、一定の「枠」にパッケージ化されることを暗黙のうちに望み、そのための行動を取ってきました。一流の大学に入って「◯◯大学卒」、就職して「銀行員」、「弁護士」、はたまた「会社員」など、学歴、職業によるパッケージ化を進めてきたのです。一人の人間の中には様々な能力や、得手不得手があるはずですが、それらを考慮し出すと「効率的」ではありません。そこで、一定の枠をはめて、◯◯大卒だからこれくらいの能力がある、銀行員だからこういうスキルがある、という具合に自分をプロデュースしてきました。そして、ある企業の「社員」となり、その企業の看板の「枠」で職業人生を定義してきたのです。

 しかし、個人にはそれぞれ得意・不得意があり、空いている時間やスキルなどさまざまなリソースを持っています。これまでは所属する企業の「枠」を当てはめて働いていたので、そうしたリソースを十分に活用することができませんでした。不得意な仕事でも会社の業務ということでやらざるを得ず、一方で得意なスキルは活かせない、ということが起きていたのです。

 ところが、近年のテクノロジーの進化は、こうしたパッケージ化による非効率性を乗りこえる可能性があります。パッケージ化された「枠」の内側にある、個別の要素を取り出し、それらをマッチングさせたり、組み合わせたり、カスタマイズすることが、はるかに容易に行えるようになりました。提供者が提供できる多種多様な価値と、ユーザーの内側にある多種多様なニーズや要望とをより細かく一致させ、取引できるようになってきたのです。

 つまり、パッケージを重視した「画一性による規模の経済」が、現代のテクノロジーの基準で見直すと、無駄のかたまりであることが明らかになり、むしろパッケージの内側にある個別要素の組み合わせが重要になってきたのです。本書では、従来パッケージ化されていた商品やサービス、組織などの要素を分解し、柔軟に再編成して、ユーザーのニーズに応えることを「デフレーミング(Deframing)」(「枠=フレーム」が崩壊するという意味の造語)として提唱します。この概念を、具体的事例に照らしながら本質を解き明かし、規模の経済から変わりゆく現在において、企業や個人がどのように取り組んでいけば良いかを考えていこうと思います。

 それは「デフレーミング戦略」と呼ぶべきものになるでしょう。

デフレーミングの定義と3つの要素

 はじめに「デフレーミング」について定義をしておきたいと思います。

 デフレーミングとは、「伝統的なサービスや組織の枠組みを越えて、内部要素を組み合わせたり、カスタマイズしたりすることで、ユーザーのニーズに応えるサービスを提供すること」です。

 近年急成長を遂げているLINEやメルカリなどのネット企業、また中国の巨大IT企業、アリババやテンセントなどを見ると、彼らの成長戦略がこのデフレーミングの原則に沿っていることがわかります。デフレーミングの概念は、世界各地で生まれる革新的なサービスやビジネスモデル、さらに経済の変化を分析した結果、それらを最もよく説明できるフレームワークとして生まれたものであり、これによって、今後の変化を見通すこともできるようになるのです。

 デフレーミングは現代のデジタル化されたサービスにおいて、共通する基本原理となるものであり、企業はデフレーミングの原則に沿ったビジネスモデルの再検討、すなわち「デフレーミング戦略」が必要になります。

 デフレーミングは、大きく「分解と組み換え」、「個別最適化」、「個人化」という3つの要素によって構成されます。その土台となるのが、第一の要素、「分解と組み換え」です。「分解と組み換え」により、ユーザーに対して第二の要素である「個別最適化」されたサービスの提供が可能になります。

 サービスを提供する側には第三の要素としての「個人化」がもたらされます(図1-1)。

図1-1 デフレーミングの構造
図1-1 デフレーミングの構造
図1-2 デフレーミングの3要素
図1-2 デフレーミングの3要素

 以下この3つの要素を簡単に見ていくことにします。

「分解と組み換え」によるサービスの再定義

 第一の要素を見ていきましょう。既存のサービスに含まれる要素を分解して、あらためて組み立て直す「分解と組み換え」です。

 従来のビジネスやサービスは、いくつもの要素(コンポーネント)を組み合わせて「パッケージ」化して提供されるものがほとんどです。大学を例にあげると個々の授業の実施、学位等を授与するサービス、学生を指導し、能力を向上させるサービスから、学生同士のコミュニティ機能、課外時間を過ごすためのサークル機能などが一体となってパッケージ化されたものと考えられます。

 ホテルを例にとると、客室スペースの提供から、清掃サービス、飲食サービス、コンシェルジュサービス、場合によっては温泉の提供などがパッケージ化されています。同様にデパートでは、目利きによる商品の選定、応接による購入サポート、レジにおける決済機能などがセットで提供されています。スポーツジムにおいては、トレーニング機器・プールの利用、トレーニングに関するアドバイス・指導、シャワーなどがパッケージングされています。

 これらのパッケージ化されたサービスを、全員が同じようにすべて使うわけではありません。大学は授業だけが必要という人もいれば、正直なところサークルが目当てという人もいるでしょう。スポーツジムも、よいコーチに指導してもらいたいが機材にはこだわらないという人がいるかもしれません。また、デパートの接客に強みはあるが商品選定は弱いなど、パッケージ化されることで、「全体」としては効率的に見えても、細かいところでは提供側にとっても、利用側にとっても不効率な部分があるのです。

 現在、情報テクノロジーの進展により、提供できる価値と、それを欲しい人をミクロな単位でマッチングすることができるようになってきています。つまり、多様な要素をひとまとめにしてパッケージ化する「枠」は不要になっているのです。このことを、スマートニュース代表の鈴木健氏は、著書の『なめらかな社会とその敵』(勁草書房)において、「膜」が取り払われて「核」がつながり、「なめらかな社会」が実現すると表現しました。これまで「膜」によって区別され、定義され、隔てられていた境界が取り払われ、中身だけが必要に応じてつながる世界が生まれているという訳です。

 多様な要素の「パッケージ化」は、大多数のニーズをほどほどに満たすには相応しかったのですが、細部を検証すると無駄の多さが浮き彫りになりました。今後は、個別のニーズにいかに応えるか、そのため現在提供されている価値をどこまで細分化できるかが重要なのです。

 たとえば、グーグル検索は、従来の「書籍や新聞」というパッケージングされた情報へのアクセスから、「必要な情報だけ」を必要な人に届けるように境界を取り払いました。アップルのiTunesは、たくさんの曲がカップリングされた「CD」というパッケージにこだわらず、聴きたい「曲」だけを購入できるようにしました。アマゾンは、それまで書店などが提供していた「接客と販売」という機能を大幅にカットして、読みたい本を自分ですぐに見つけて、利用者が移動しなくても手に入れることができる方法に特化してサービスを開始しました。

 金融分野では、従来の銀行が、店舗窓口、ATMネットワーク、決済機能、ローンなど総合的なサービスを展開していますが、Paypalはユーザー間の送金の機能に絞って展開しています。機能を絞り、かつインターネット時代に合った操作性、利便性を実現することで、非常に小さいコストで送金サービスを世界中に提供することが可能になり、今や2億7000万を超える口座を管理するようになりました。これによって、Paypalは「インターネットを利用して銀行業を再発明した企業」とまで呼ばれるようになったのです 。

 このように、旧来のサービスに含まれていた様々な要素から、もっとも得意とする要素やニーズのある要素、課題の大きな要素に特化してサービスを提供することを「分解」と捉えました。

 切り出された要素を組み合わせて、徐々にいわゆる「範囲の経済」が追求されるようサービスを再構築していきます。その時に、実はまったく異なる分野の要素との組み合わせが起こります。たとえば通信分野に属していた「コミュニケーション」と金融分野に属していた「送金」が組み合わされることや、インフラ的な「市場サービス」と、金融に属していた「信用情報提供サービス」が融合することが起きます。これはすでにITサービスの進展が著しい中国で起きていることです。

 こうした「分解」から範囲を拡大していくプロセスは、第3章で詳しく取り上げます。

「個別最適化」とスケールの両立

 デフレーミングの第二の要素は、全員に同じサービスを提供するのではなく、それぞれのニーズに「個別最適化」されたサービスを提供するということです。

 従来であれば、個別のニーズに最適化すると、横展開が十分できずコストが増大するという問題がありました。「スケールできない」ということです。AさんのニーズとBさんのニーズには微妙な違いがあります。それぞれのニーズに対応していてはコストがかさむので、みんながほどほどに満足する、いわば最大公約数のサービスをパッケージ化して提供していたのです。

 しかし、昨今のテクノロジー進捗により、個別のニーズを満足させ、スケールさせる方法が実現しつつあります。マス・カスタマイゼーションと呼ばれるコンセプトはその一つです。ナイキのNIKE BY YOU(旧NIKEiD)と呼ばれるサービスは、一人ひとりのユーザーの好みに合ったデザインで靴を製造することを可能にしました。このサービスは、ユーザーのニーズをデータ化するインタフェースや計測技術、それらを瞬時に工場に伝送し、製造ラインに反映する生産技術、サプライチェーンによってユーザーに円滑に届ける技術などが総合されて可能になっています。

 同様に、情報に関するサービスもカスタマイズが進んでいます。アマゾンのトップページは、ユーザーごとに表示されている商品がまったく異なります。過去の購買履歴に基づいて、その人の興味を惹きそうな商品があらかじめラインナップされています。試しに、アマゾンからログアウトして再度アクセスしてみれば、トップページの違いがわかるでしょう。

 グーグル検索でも、ユーザーごとに検索結果は異なっています。ユーザーがどのような情報を求めているかを分析し、そのユーザーにとって「最適」な検索結果を返すようにカスタマイズされています。何億人という規模で使う検索サービスでも、個別のニーズに対してカスタマイズすることができるのです。こうした情報サービスのカスタマイズは「パーソナライゼーション」と呼ばれています。

 近年、こうしたパーソナライゼーションには機械学習と呼ばれる人工知能技術が使われています。それぞれの人に過去に提供したサービスと、その結果を分析することで、アルゴリズムやパラメータを微調整して、次第にユーザーに沿ったサービスにパーソナライズできるようになっています。検索結果のどこを見たか、どこで時間をかけたのか、どの商品とどの商品で迷ったか、といった情報を細かく分析することで、その人の関心がどこにあり、どのような情報を探しているのかを自動的に判断し、その人にあった機能を提供することができるのです。

 このように、提供する価値を顧客に合わせてカスタマイズしても、いったんソフトウェアで仕組みを実現してしまえば、追加コストはかかりません。いわゆる「限界コスト」が限りなくゼロに近づき、パッケージ化した場合に比べても追加のコストはほとんど発生しません。

 そうであれば、消費者は欲しいものだけを手に入れたいはずです。これまでは、商品やサービスを一定の「枠」にパッケージングして提供することで、効率性を実現できた時代でした。商品やサービスをパッケージ化することで、楽に宣伝できて、効率的に流通させることができました。しかし、今やテクノロジーのおかげで、本当に必要なものごとだけを商品やサービスとして切り出し、カスタマイズしたものを効率的に提供できるようになり、消費者も必要なものごとだけを入手することが可能になりました。

 こうした個別最適化はソフトウェアやネットサービスだけでなく、ハードウェアにも及んでいます。3Dプリンターの登場によって、設計データがあれば、最寄りの3Dプリンターで作成することができます。変更したければ、自分で改変したり、モジュールを追加したりすることも可能です。また、ハードウェアを自作するメイカーズ(Makers)と呼ばれる人々の登場で、小規模の個別注文に対応するハードウェアメーカーも、中国を中心に充実してきています。

 個別最適化されたサービスの提供においては「プラットフォーム」が果たす役割も重要です。ユーザーの多様なニーズに応えるためには、サービスの幅を持つことが有効です。書籍の購入者は、本だけでなく、お菓子や飲み物も一緒に欲しいという人もいれば、本と一緒にパソコンを買いたいという人がいるかもしれません。一人ひとりのニーズに対応するには、ある程度の範囲の経済を追求することが必要です。ネットの力で、様々なサービスや、提供主体を柔軟に連携させ、それぞれの顧客に合わせてサービスをダイナミックに作り出すことができます。これを実現するのが「プラットフォーム」です。

 これからのサービスはダイナミックに要素を組み合わせて提供することが求められます。タイムリーに要素を組み合わせるためにも、組み合わせることができるサービスのバリエーションを確保することが必要なのです。

 マス・カスタマイゼーションの技術や、プラットフォームの発展により、個別最適化を図りながらも、それをグローバルにスケールするしくみを作れるようになってきています。

「個人化」するサービス主体

 第三の要素は、サービスを提供する主体の「個人化」です。これまで、サービスの提供者は、企業などの大きな組織に所属し、企業の中で他の従業員と連携しながら働いていました。これは、企業の中で同じ文化や制度を共有する社員と連携するほうが、社外の知らない人と取引するよりも容易で、取引にかかるコストが低いからです。それは、互いに同じ企業文化や連携の作法を共有していたからで、社外の知らない人との連携では、相手を探す手間もかかり、知らない相手に騙されないか慎重に判断する必要もありました。

 しかし、テクノロジー進化、とりわけプラットフォームによる分散化された信頼の実現によって、個人が組織の信用と連携の仕組みに頼らなくても、低コストで社外の人々と連携できる時代になってきました。別の言い方をすれば、第一の要素である「分解と組み換え」が個人の働き方にも影響を及ぼしており、このような力の現出は、シェアリング・エコノミーやフリーランスの発展、兼業・副業の増加などに端的に見られます。

 また、テクノロジーが普及したことにより、だれもが最先端の知識にアクセスすることが可能となり、従来よりも一人でできる範囲が飛躍的に拡大したことも「個人化」の要因です。手紙をタイプするにも秘書が必要だった時代から、メールも打って、プログラミングして、スマートフォンのアプリを展開するということが一人でもできる時代です。大規模な企業の中で、大勢の従業員の間で分業する必要性が徐々に低下してきているのです。

 さらにインターネットによって、だれでも自由に最新の情報にアクセスできるようになったことで、必ずしも組織の上位者でなくとも、ある分野に精通することができるようになりました。場合によっては部長や社長よりも一般社員の方が詳しいという分野もたくさんあるでしょう。こうした変化は、インターネットによって情報が「民主化」されたことで、「個」がエンパワーメントされたことを示しています。

 そのため、より個の力を生かすことが求められます。これまで自分の職業を「銀行員」「公務員」「大学教員」など、企業や組織の「枠」にあてはめ、現実に行う仕事は、組織のオーダーに対応して変えてきました。しかし、これからは会社の外にいる、同じような仕事をするエキスパートの個人も競争相手となります。企業の枠に安住し、会社のオーダーを待っていては、その仕事ごと外部のフリーランサーに取られてしまうことになりかねません。

 したがって、これからは自分の持っている得意なことやこだわりを追求することで、強みを磨いていく必要があります。以前からクラウドソーシングなどのプラットフォームがありましたが、ニッチな能力でも、世界が相手であれば一定のニーズを得られる可能性があります。

 近年は兼業・副業が認められる方向にあり、これも人の持つ多種多様な能力を有効に活用したい、という経済合理性が根底にあることからです。今後も自分の得意なこと、好きなことをスケールできるよう、従来の垣根を越えていく動きは続くでしょう。

 一方、だれでも提供できて、かつ同じような品質が求められるような仕事は、機械化されていく可能性があります。人工知能の本格的な登場を待つまでもなく、一定のニーズがあり、標準化されやすい業務はコンピュータで代替するための技術開発が進みやすいという特徴があります。たとえば、議事録作成のための文字起こしがあります。従来は人が録音音声を聴いて文字を起こしていましたが、音声認識、自然言語処理の技術が進展してきたことで、iPhoneなどによる音声入力機能を工夫して利用するだけで、文字起こしがほぼ完全にできるようになっています。あるいは翻訳にしても、グーグル翻訳をはじめ、かなり高い精度で仕上げられるようになりました。

 つまり、最大公約数的な能力は、一定の規模のニーズがあり、人手というコストをかけているので、人工知能などによる自動化の対象になりやすいのです。したがって、今後は自分にしかできない得意な能力を伸ばし、それをグローバルに提供していくことが、個人にとっての最大の戦略になります。これは、「職業」という考え方に対するひとつの挑戦でもあります。「お仕事は何ですか?」と訊かれて、「◯◯銀行の行員」といった組織の帰属を前提とするキャリアは、今後、時代の推移の中で危うくなっているということです。これも、「枠」が崩壊することにより進展している事態です。

テクノロジー進化が生み出す資源配分の効率化

「デフレーミング」を貫く力学を現出させているのは、現代のテクノロジー、特に情報技術による新しいサービスの登場です。たとえば、昨今、急速な展開で話題のシェアリング・エコノミーは、従来の「企業」や「従業員」という枠を取り払い、提供する資源を持っている人と顧客とを結びつけるサービスと捉えることができます。シェリング・エコノミーの代表例ともいえるエアビーアンドビー(Airbnb)は、「宿泊したい」というニーズと、「余っている部屋」という資源を組み合わせてマッチングさせるプラットフォームです。「企業」でなくとも、こうした資源や能力を持っている人たちは存在していたのです。また、利用者側にも、単に「宿泊したい」というだけでなく、「現地の人と触れ合いたい」、「住んでいるように過ごしたい」といった隠れたニーズがあり、それらを触発し、掘り起こすことにもなりました。

 タクシーサービスをシェアリング・エコノミーで実現するウーバー(Uber)も同様です。「タクシー会社」や「タクシー運転手」という枠がなくても、使っていない「車」や、運転できる「能力」と「時間」などの資源はあったのです。こうした隠れた資源を見える化し、ニーズとマッチングさせることが可能になりました。

 これらは、「資源配分の効率化」といえます。世の中に存在するのに、生かされていない資源をより有効に活用し、必要なところへ届けることを、テクノロジーの進化が可能にしたのです。これまで消費者と提供者の間には信頼の壁があり、個人間で容易に取引を行うことはできませんでした。シェアリング・エコノミーの興隆の背景には、テクノロジーの力が「階層化された組織による信頼」から「分散化された信頼」へと取引のかなめを転換させたことがあります。信頼の問題は第6章で詳しく取り上げますが、この転換によって、個人間の資源配分の効率化が可能になったのです。

 資源配分の代表格として金融分野があります。たとえば、融資は、使われていないお金を、今必要なところに資源配分することです。預金とは、今は必要ないお金を、将来に備えておく異時点間の資源配分です。保険は、同じリスクにさらされているけれども何も起こっていない人と、損害が発生してしまった人の間で行う資源配分といえます。

 筆者の専門の一つであるブロックチェーン技術や仮想通貨は、中央銀行などの権威ある大組織でなくとも、価値の媒介手段、すなわちマネーを作り出すことを可能にします。これは、社会の中で生み出される多種多様な価値、資源の記録手段を柔軟に作り出し、きめ細かく交換することを可能にします。価値を貯蔵したり、交換したりする媒介手段が多様化したことで、社会において顕在化され、取引される価値も多様になるのです。

 テクノロジーの力により、従来よりも、はるかに細かい単位での資源配分の効率化が生まれ始めています。

 ここまでの議論をまとめると、図1-3のようになります。

図1-3 デフレーミングの背景
図1-3 デフレーミングの背景

 テクノロジーの変化という観点では、プラットフォームの普及が最大の要因です。プラットフォームによって従来にくらべ細かな単位での資源間のマッチングが、小さい取引コストで可能になりました。また、マス・カスタマイゼーションやパーソナライゼーションという技術が、個別にニーズに対応しながらコストを抑えることを可能にしました。

 社会的ニーズという観点からは、資源をいかに効率的に無駄なく使用できるかということが、常に求められています。使われていないリソースや、人のスキルなどを有効に活用し、価値を生み出すことは、永続的なテーマです。この点がプラットフォームをはじめとする技術で大きく進化しつつあります。

 さらに、社会構造の変化として、個がエンパワーメントされ、個々人がより活躍できる素地が整いつつあります。

 こうした三つの変化の要因によって、デフレーミングの三つの要素がもたらされているのです。

デフレーミングは21世紀を生き抜く基本的な戦略

「デフレーミング戦略」とは、従来はパッケージ化されていた要素をバラバラに分解して再構成し、ユーザーのニーズを徹底的に個別最適化するとともに、それをスケールさせる方法です。だれもがほどほどに満足するものを大量に作って提供するビジネスモデルは、時代遅れのものとなるでしょう。すでにデフレーミングの考え方で提供されるビジネスが生まれてきています。

 ユーザーは個別のニーズに応えてくれるサービスになれはじめていますので、パッケージ化された商品は「割高」だと感じるでしょう。ユーザーが商品に合わせるのではなく、商品がユーザーに合わせることが当たり前になってきています。また、業務に特化した優秀な個人に依頼するほうが成果が出るとわかれば、企業に高いお金を払うこともなくなるかもしれません。本当に必要なものを、必要なだけ提供する技術と、そのための資源の使い方が重要になります。

 個人にとっても、産業構造が個人化していく中でキャリアをどうデザインしていくかが、重要な時期になっています。個の力を最大限生かし、組織の境界を超えてつながっていく時代なのです。

「枠」を取り払い、個別の要素を柔軟に連携させ、ニーズに対応する。これが21世紀を生き抜くための基本的な戦略です。次章では、筆者の専門分野である情報技術の経済学をベースとしつつ、経済の現場でどのような現象が生起し、それに私たちがどう対応していけば良いのか、具体的に見ていくことにします。

デフレーミング戦略

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デフレーミング戦略
アフター・プラットフォーム時代の経済の基本原則

著者:高木聡一郎
発売日:2019年7月16日(火)
価格:2,160円(税込)

【本書について】
本書では今後のビジネスやサービスの変化を考察するとともに、「デジタル・トランスフォーメーション」(DX)が社会に与える深い影響を明らかにしていく。

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