情報の量と質が変わることで起きる、“HRのマネーボール化”とは
2011年公開の『マネーボール』は、アメリカのメジャーリーグにおける実話を元にした映画だ。主人公は、資金不足で戦力増強がままならない弱小球団オークランド・アスレチックスのスカウトマン。彼が、従来のスカウトの視点とは全く異なる統計学的な手法で選手を評価する「セイバーメトリクス理論」を用い、低予算で「勝てる選手」を集めて大成功する話である。
山口氏は、情報の量と質が変わることで、スカウトに求められる役割も能力も変わったという事実に注目を促した。従来のように直感や伝統的な指標(打率、打点、勝利数など)に頼るのではなく、データ分析能力と観察力を駆使することが求められるようになったのだ。新たな手法の登場はスカウトの役割を失わせるものではなく、むしろ野球全体の戦略的合理化に貢献するという意味で、より進化した役割へと変化させた。
野球に限らず、「情報のあるところに権力は生まれる。情報が移れば、権力も移る。」という事象は過去の歴史の全てにおいて見られることだと山口氏は指摘する。そして、人的資本開示も、人事に関する情報のあり方と人事権力の移り変わりという文脈の上で解釈することができることを示した。
人的資本管理の進化の3段階
山口氏は、人的資本管理の状況を「未明期」「黎明期」「離陸機」の3段階に分けて解説した。
![人的資本管理](http://bz-cdn.shoeisha.jp/static/images/article/11160/11160_101.jpeg)
まず、20世紀後半から2000年代初頭の「未明期」は、組織や人材の状態が基本的に不可視だった。経営側から見えないため、人事に関する権力は現場と人事組織にある。資本家や投資家が組織や人事について口を出すこともできない。この段階での人事組織の役割は、特に採用・配置・育成・退職に関わる各種人事制度の設計・運用がメインになる。
2010年頃から今に当たる「黎明期」は、組織・人材の状態の一部が可視化されるようになった。どういうタレントが何人いるのか、各組織の活性度合いはどうか、といったことが分かるようになったのだ。そうなると権力の所在が現場から人事、あるいは経営側に移り、現場の発言力は低下する。資本家はいろいろな組織のデータを収集して分析することを始める。これが、まさに現在の状態だ。この段階での人事の役割は組織ビジョンの策定、組織KPIの設定、PDCAサイクルの構築と運営になる。
おそらくあと数年から10年くらいの時期にかけて、人的資本管理の「離陸期」がやってくる。そうなると組織のさまざまな状態が可視化され、権力の所在が資本市場に移る可能性がある。市場が求める人材・組織マネジメントをやらない企業の株価が低下するということが起こり得るのだ。
これは、かつて企業に四半期ごとの業績の開示が課された際、資本市場が嫌がるようなことをすると株価が下がるという状態になったのと同じことだ。それまでは企業側にあった経営の意思決定の権限が、資本市場に移っていったのである。