業種の壁が崩壊し「コングロマリット化」が再来
──まず、テクノロジーが世界のビジネスにもたらす3つのメガトレンドとは何か、ご説明いただけますか。
山本康正(米ベンチャーキャピタリスト、以下敬称略):1つめは「業種の壁がなくなる」ということです。証券取引所ではいまも便宜上、業種で分類していますが、実際にはもうそうした業種の定義には意味がない。
業種の壁の崩壊は、コングロマリット(複合事業体)化の再来と言い換えることもできるでしょう。かつてはコングロマリット・ディスカウント、つまりM&Aなどを通じて事業を多角化していくと、単体で事業を営む場合と比べて株価が低下するという現象が起きるなど、ネガティブに捉えられていました。しかし、いまは各事業が有機的につながることにより、取得したデータを他の事業でも個人情報に配慮したうえで活用でき、シナジーが期待できます。
わかりやすい例が、10年ごとに本業が変わってきているアップルです。最初はiMac、MacBookというところから始まりましたが、その後、iPodやiPhoneが登場し、利益のほとんどを生むようになった。さらにはApple Music、アメリカ本土ではApple Cardなど、いまはサービスにも力をいれるようになっています。
アップルコンピュータがアップルへ、アドビシステムズがアドビへ、ソニーがソニーグループへと社名を変更していることは象徴的です。ミッションステートメントは保持しながらも、時代に合わせ、顧客に最適なモノやサービスを提供していける企業が生き残っていく。「うちは○○だから」ということにこだわっていると、自分たちのビジネスを狭めることになってしまいます。
ハードとソフト、サービスの掛け算が良質なデータ取得に欠かせない
山本:2つめのトレンドは、「ハードでもソフトでもなく『体験』が軸になる」ということ。私はよく「ハードウエア×ソフトウエア×サービスが消費者の満足度である」というフレームワーク[1]を使うのですが、ハードとソフトとサービスは掛け算なので、どれか1つでも弱かったら、よい体験を提供することはできません。ものづくりだけが強いというのでは、ダメな時代になっているということです。
「サービスモデル」も重要です。従来の売り切り型の提供ではなく、サブスクリプションを中心として提供方法にするなど、ソフトウエアとサービスをちゃんと併せ持つことが、トータルとして体験の質につながります。「いいものを作ってさえいればいい」というのは大間違いで、あらゆる企業が「どうやって届けるか」まで考えないといけない。
日本企業は伝統的にハードに強いですし、いわゆる「おもてなし」、アフターサービスとしてのサービスにも強い。しかし、残念ながらソフトウエアがものすごく弱い。これが弱点になっています。さらにサービスに関しても、データサイエンスを使えばより的確な、顧客一人ひとりに合わせたきめ細かい「おもてなし」ができるわけですが、日本はデータサイエンスにも弱い。この辺りが大きな課題になってきています。
データを制するものが未来を制す
3つめのメガトレンドがまさにこの点で、「データを制するものが未来を制する」ということ。データがなければ、顧客がどんな人なのかはわかりません。どんな人なのかがわかるからこそ、きめ細やかなサービスが実現できる。
わかりやすいのがインターネット広告です。その人がどういうインタレストを持っているのかがわかっているからこそ、最適な広告を表示できる。金融もそう。どういう人なのかがわからなかったら、大雑把な統計に基づいた、大雑把なサービスしか提供できません。逆にデータがあれば、たとえばローンを組む際にも、過去にきっちり返済している実績のある人なら、金利を少し下げられるかもしれない。あるいは保険商品を売る場合にも、ちゃんとした運動の習慣を持っている人であれば、保険料を少し下げていいかもしれない。
そういうことができる企業は競争力が高いというのは、疑いの余地がありません。どんなビジネスをするにせよ、データは必須になっていくということです。
[1]山本康正・著『シリコンバレーのVC=ベンチャーキャピタリストは何を見ているのか』(2020/6/19、東洋経済新報社)