もやもやし続けることが本書の醍醐味
――本書はタイトルにもあるように、イノベーションに興味がある人にまずは手に取ってもらえるのではと想定しています。そういう読者は何を意識して読むとよいのでしょうか。
田子學:マーケティングとしては、すでにあるパイの大多数を対象にしたほうがいいと思いがちですが、それは後追いで、ゼロから1を生んでいません。イノベーションというのはあとを追っても生まれないですし、いかに新しい価値を発見して市場を育てるかが重要です。そのためには新しい見方や発想で、新しい市場との接点を見出す必要があります。だからこそ本書の読者には、人と違うことを発見し、それをどうやって理論立てて構築するか、ということを見出してほしいなと思っています。
――本書の絵本パートでは文字がほとんどないので、例えばなぜカフェオレからいろんな映像が浮かび上がっているのかを立ち止まって考えないといけません。なぜ地球が? なぜ部長が? とそれまでの内容を思い出しつつ答えを探すんですが、なかなか明確な答えが出てきません。もやもやしたものが頭に残ります。ですが、そのもやもやこそが本書が提示する価値なのかなと思いました。
田子裕子:皆さんとても忙しいので、毎日なるべく近道でゴールしたいと思っているのではないでしょうか。そういう日常の中で、「もやもや」を何度も繰り返しているうちに、あるとき突然それが晴れる瞬間というのがあります。それがデザインの体験だと思います。
田子學:僕らが日々やっていることは答えがないものをいかに作れるかということなので、もやもやの毎日です。それを体験してもらいたいですね。するとだんだん「これってこうなるかも」と見えてくるものがあるはずです。
プロジェクトを起こす前に、仲間を作る
――すぐに答えをほしがるというのは耳が痛いところです。田子さんは鳴海製陶のOSORO開発に3年をかけたそうですが、例えば本書を読み終わった読者がある企画を思いつき、3年ほどかかりそうだと見立てたとします。長期の企画になかなかOKが出ないと想像するんですが、こういう場合はどうすれば思うように企画を進めていけるのでしょうか。
田子學:物事がオフィシャルに進むと、組織的な罠に陥ってしまうことがあります。会社命令でゴールを決められ大きな結果を求められると、プレッシャーで首が締まってきますよね。OSOROや東芝のスリットレスエアコンもそうですが、実は最初の1年くらいはオフィシャルではなく水面下で動いていました。それは部活動みたいなもので、モチベーションのある人たちが集まって温度合わせをすると、「面白いね、やろうやろう」となってきます。
田子裕子:社内でどれくらい横断的にチームを作れるか、ですよね。1人で声を上げ続けていても進まないので、社内で同志を見つけることが重要です。将来味方になってくれそう、という人のところには足を運んでいろいろ話すべきですね。まだ縦割りで仕事をしている会社が多いと思いますが、具体的なプロジェクトを起こす前に、いろんなところに知り合いを作っておくのが大事です。
仲間を作るには、思考をカタチにして説明する
田子學:東芝デザインセンターに在籍していた頃、スリットレスのエアコンを作ったときもそうでした。最初にスリットのないエアコンの絵を描いて、上長にプレゼンしました。すると賛成してもらえたんですが、普通にやるとうまく事が進まないのは明白でしたから、上長と悪巧みをしたんです(笑)。
まずモックアップを作り、最終的に商品が完成した際に力を持つ営業の人を仲間に引き込みました。で、もの作りなので設計者も必要です。当時はVTR事業部が解体された時期で、設計者が各事業所に異動になりました。そのとき、エアコンのことを知らない設計者が私のいる事業所に入ってきたんです。モックアップをその人に見せるとすぐ乗ってくれて、そこから企画が勢いに乗り始めました。
田子裕子:新しいことをやりたいと言っているだけでも、それだけではよく分かりませんし伝わりません。絵で形にすると、「これみたいな」と言えるので、なんか面白そうという共感を持ってくれるんです。いまは3Dプリンターなど手軽に試作ができるようになったので、ぜひ活用するといいですね。
田子學:量感や質感はとても大事で、そこから醸し出される雰囲気とか視覚以外で得られない情報が企画の決め手になることはけっこうあります。形ができると、目標がいきなりリアルになるんですよね。自分たちはこれを作るために頑張るんだ、と。
本書のタイトルも絵本のラフがあったからこそ決まった
――本書のタイトルを企画会議で通すのにも、絵本パートのラフが絶対に必要でした。直球のタイトルではないので、営業サイドからは分かりやすいタイトルがいいと言われたんです。ですが、このタイトルが本書の本質を捉えていることは間違いないので、片手にラフを持って、片手に反論を用意して対策したんです。
田子裕子:企画が進展して周りから雑音が聞こえてくると、だんだんめんどくさくない方向に行きがちなんですが、それをしないというのが私たちのポリシーです。カフェオレは日常的に使う言葉なので、これが何を意味しているのかを考えてもらいたいですし、こうした言葉を使うことがそもそも本書を制作している意図だと思います。
デザイナーであろうがなかろうが、手を動かして考える
――本書は前著の『デザインマネジメント』(日経BP社)と違って具体的な事例や写真が使われておらず、アイデアなどを書き込むためのスペースが設けられています。これにはどんな意図があったのでしょうか。
田子裕子:まず、事例を載せていないのは、前著と重複する内容を避けたかったからです。それに本書はイラストからいろんなことを感じとってほしかったので、事例や写真を入れるとリアリティがありすぎて、読者が自身の世界観に入り込めないと思っていました。事例を参考にするのではなく、自分のことを投影する本として読んでもらいたいですね。
田子學:事例を見るとそれに引っ張られてしまうんです。読んだあとどう行動するか、という当事者意識を読者に持ってもらうには、本書のスタイルがいいと思います。
田子裕子:実は前著が出版されたあと、急にワークショップの依頼が増えました。それまでは講演が多かったんですが、皆さん手を動かしたいと思っているんだなと感じました。なので、本書ではそれぞれのシーンの解説のあとに課題と、回答を書き込むためのスペースを設けています。
また、ワークショップをするときは必ずラップアップで宣言文を書いていただいています。実行しなければならないことを意識づけることで、次へのステップが明快になります。本書でも最後のページに、読書後に今日から自分がすべきことを書き込めるスペースがあります。やっぱり手を動かしているときの表情は、皆さん楽しそうなんですよね。
田子學:ワークショップにはありがたいことにデザイン系以外の人が多く来てくださいます。ですから本書も、デザインを学んだことのない人に届けばいいなと思います。
「ほぐして、みつけて、くっつける」ことがイノベーションに繋がる
お二人がおっしゃるように、イノベーションは小さなことを積み重ねることで生まれます。自分には関係ないと思っている方もいるかもしれません。しかし、普段から別のものの見方をしたり、ときには寄り道や休憩をしたりすることで、誰もがイノベーションの種を見つけることができるはずです。
そのことは、本書のタイトルが最もよく表しています。デザインの基礎となる見方や考え方を習慣化すれば、カフェオレという日常が、イノベーションという非日常に繋がっていくわけです。ぜひ、好きなだけメモを書き込みながら本書を読んでみてください。