ホールディングスと事業会社で求められるデザインの役割の違い
佐宗邦威氏(以下、敬称略):臼井さんとは、2021年の「デザイン経営実践プロジェクト」立ち上げの構想のフェーズからBIOTOPEとしてご一緒させていただいていますね。本日は2年間伴走してきたからこそ語れるプロジェクトでの現場のリアリティを深掘りしつつ、チャレンジや苦労をお伺いしたいと思いますが、改めて今のお立場を教えていただけますか。
臼井重雄氏(以下、敬称略):今は二つの仕事をしていて、パナソニック ホールディングスの執行役員デザイン担当とホールディングス傘下のパナソニック株式会社の執行役員CCXO(チーフ・カスタマーエクスペリエンス・オフィサー)を兼任しています。パナソニック ホールディングスではホールディングス全体のデザインの統括、パナソニック株式会社では社内のデザインとブランド・コミュニケーションを担当するといった位置付けですね。
佐宗:ホールディングスと傘下の事業会社の両方でデザイン経営を実践しているわけですね。
臼井:ただ、ここが面白いところだと思いますが、ホールディングス側と事業会社側では求められている「デザイン」の意味合いがやや異なるんですよ。私がホールディングスの執行役員デザイン担当に就くときに、楠見(雄規氏、パナソニック ホールディングス 代表取締役 社長執行役員 グループCEO)に伝えられたのは「君の役割は色や形のデザインではなく、思考のデザインだ」ということでした。経営にデザイナーの思考プロセスを取り入れる、いわゆるデザイン思考の取り組みが私の役目だと。
一方で、パナソニック株式会社の品田(正弘氏、パナソニック株式会社 代表取締役 社長執行役員CEO)には「顧客視点の活動をドライブする役割を担ってほしい」と言われました。顧客視点を捉えて、人を惹きつける色や形を作り出すデザインの力に期待していると。つまり、ホールディングス側ではデザイン思考が、事業会社側では従来ながらの物理的なプロダクトのデザインに加えて、顧客視点でのデザインが求められています。
正直なところ、当初は「同時に別々の仕事をするのは難易度が高いな……」と思っていたんですが、やってみるごとにその意味を実感し始めました。ホールディングス側で考案したメソッドを事業会社で適応できるので、理論と実践のフィードバックループを描けましたし、二人の社長をつなぐ重要な役割も担っていたので。
佐宗:臼井さんは、デザイナー出身としてパナソニック史上初めて執行役員に就任するなど、組織内のデザインの価値を向上させてきた存在ですよね。臼井さんの活動を通じて、パナソニックにおけるデザインの役割が、色や形を作る「狭義のデザイン」から、デザイン思考などの「広義のデザイン」に拡張していったのがわかりますね。