データはあくまで「過去の計測結果」
次のポイントは、「データは万能薬ではない」という視点である。ウィンケル氏は、データは重要な判断材料ではあるが、文脈や解釈を加え、他の視点と組み合わせる必要があると話す。特に新しいプロダクトの開発では、過去のデータに頼りすぎず、試行錯誤を重ねるプロセスが欠かせないと述べた。
その理由として、ウィンケル氏はまず、データは「過去の」「計測可能な」情報に限られる点を指摘する。
まず、データはあくまでも「過去の計測結果」にすぎない。そのため、未来の予測に活用するのには限界がある。特に、新しいサービスやプロダクトの開発では、過去のデータだけでは対応できない未知の要素が多いため、柔軟なアプローチが求められる。
また、数値化された情報のみでなく、顧客の意見や現場の体験といった定性的なデータも併用することが不可欠だと指摘。定量的な数値だけでは、印象や感情などの価値ある情報を見落とす可能性がある。定性データは共有しづらいという欠点があるが、うまく活用できれば、品質向上に大きく寄与できる。
そうしたデータの限界を踏まえた上で、重要なのは、試行錯誤を重ねることである。新しい試みがうまく機能するか、あるいはユーザーに価値を認めてもらえるかどうかは、検証を通してしか分かりえない。プロセスのなかでデータを取得していくことが鍵となるのだ。
「既存のデータだけに頼って、リソースや時間を多く投資する前に、一度試してみて、何が効果的なのか、実際にどれくらいの価値につながるのか、を検証しながら進めることが大切だ」とウィンケル氏は指摘する。
事例として、航空会社フィンエアーの機内エンターテインメントシステムの改善プロジェクトが紹介された。既存のシステムは、一度インストールするとあまりアップデートを行えない状態だったため、最新の情報がすぐに提供できる形にするために、システムのデザインと開発を担当したという。
海を越えたクライアントとのプロジェクトが、十分なデータがない状態でスタートしたため、チームは、急遽ハードウェアをオフィスへと取り寄せた。オフィス内にエンターテインメントシステムをセットアップした上で、実機で試行錯誤をしながら開発を進めたのだという。その過程で、レスポンスの遅延度合いなどの重要な情報や、タップ回数が増えると腕が疲れてしまうといった予期せぬ課題を、体験を通して理解でき、改善につなげられたと同氏は話す。
未来志向のプロダクト開発には、「まずは試す」という姿勢が不可欠であるとウィンケル氏は述べる。小さな試みを積み重ねることで、最終的には質の高いユーザー体験の実現につながるのだ。過去の定量、定性データを踏まえ、試行錯誤のなかでデータを集め、新たな洞察を得ていくアプローチが重要だとまとめた。