個人情報を越えた「ゾクセイ」を通じて顧客を深く理解する
次に紹介されたのは、トヨタモビリティパーツ(TMP)との協力で進められている、整備見積もりにAIを活用したシステムの事例だ。
従来、自動車整備士は車両の外観や走行距離、顧客からの情報を基に手動でデータを入力し、整備見積もりを行っていたが、整備士の数が減少するなかで、その工数の多さが課題となっていた。
本プロジェクトでは、車種や年式、走行距離、保管状況などのデータを基に、部品交換や整備予測を行い、AIで診断書を作る仕組みを開発。この診断書を参照することで、整備士や営業担当者は迅速かつ高精度なサービスの提供が可能となり、顧客の待ち時間短縮と整備可能台数の増加を実現したという。現場作業員との密接な対話を通じて、具体的な形を模索したことで、効果的な業務改善を実現した好例と言える。
また、最近発表された事例も紹介された。ANAの子会社である株式会社エアージャパン(以下、AirJapan)のレベニューマネジメントのプロジェクトだ。AirJapanはLCCとして、ダイナミックプライシングのPDCAサイクルの迅速化を求めており、ギックスは日々の予約状況や競合データを分析し、最適な運賃調整を支援している。プロジェクトは先般発表[2]されたばかりで、これから迅速に開発していくと同氏は語る。
また、得意分野である消費者データの分析においても、ギックスはその取り組みを深化させつづけている。例として挙がったのは、クレジットカードデータの利活用だ。
これまでは、店舗ごとの表記揺れや端末の違いによりデータ整備が必要となることが課題であったが、ギックスは独自のデータ整備の仕組みを確立し、困難だった支出カテゴリなどの把握を可能にした。これはクレジットカード会社だけでなく小売業、流通業との連携にも活用されているという。
そして、こうしたデータ分析業務の延長として、顧客理解をさらに深めるため、ギックスは「ゾクセイ研究所」を設立した。
ここでいう「ゾクセイ」とは、年齢や性別などの基本的な属性に加え、来店頻度や利用時間帯、購買パターンや行動特性などの、顧客をより深く理解するための情報のことを指す。これらを組み合わせ、顧客をより精密に把握することで、マーケティング施策の精度を向上させ、個々の顧客に最適な施策を実行する基盤が整えられている。
一方、緻密なデータ分析を行っても、適切に顧客へアプローチするチャネルがないという課題が過去にはあった。たとえば、全登録者へのダイレクトメールなどのようなチャネルしか持ち合わせていない場合、特定の顧客にのみ必要な案内をする、といったことができないため、結果的にデータ分析の意義は薄れてしまう。また、月ごとのクレジットカードの利用明細におすすめ商品を提案するといった手法も過去には存在したが、実際には利用明細を見た顧客は買い控えをするのが一般的であるため、新しい購買行動には繋がりづらかった。
こうした課題を解決するために、ギックスは「マイグル」と呼ばれる新サービスを開発した。
「マイグル」は、顧客が特定の行動を達成するたびにインセンティブが得られる、ミッションクリア型のコミュニケーションツールだ。ゲーミフィケーションを通じ、企業が期待する行動を顧客に促すことができる。
こうしたチャネルがあれば、過去の分析内容を次のマーケティング施策に応用できる。もちろん、リアルタイムで顧客の位置や行動を把握できれば、改札を出た瞬間に近隣カフェのクーポンを配布するなど、よりタイムリーなマーケティングが可能になる。これまでとは全く性質の異なる、新たなマーケティング手法と言えよう[3]。
[2]Biz/Zine編集部『ギックス、ANAグループのAirJapanに「レベニューマネジメント高度化伴走支援」サービスを提供』(Biz/Zine)
[3] 島袋龍太『JR西日本がコロナ禍の経営危機から脱却できた理由──リアルな場でのデータ活用に欠かせないゾクセイとは』(Biz/Zine、2024年10月25日)