あらゆるステークホルダーを巻き込むために
リュー氏は前田氏のヒントを受けて、人生で一度も自分をマイノリティだと思ったことのない人たちを巻き込むことの難しさを指摘し、さまざまなステークホルダーを巻き込むためにはどうしたらいいかと投げかけた。
バロン氏は、日産では日本人のリーダー層を対象に、実際に起こりえる状況を脚本にした演劇を見てもらうセッションを行ったと話す。外国人従業員が「この会議は日本語で行うので、あなたはこなくていいです」と言われた状況を再現するといった演劇である。これを見ることで、リーダー層が何気なく言った言葉によって、従業員に悲しい思いをさせていた、と自分の行動やコメントが人に及ぼす影響を意識するようになるかもしれない。この演劇だけで全員の意識が変わったとは思えないが、影響を与え続けることが重要だと話す。
ユアン氏はバロン氏の発言をとても興味深いと賞賛する。リーダー層は自分の言動がどれほど人に影響を与えるかを認識していないことが多いからだ。たとえば「あなたにはお子さんがいるから、この会議には出席しなくていいですよ」と親切心で言ったとしても、言われたほうは「その会議には出席したい」と思っていて、それはセクシズムではないかと感じていることもある。一足跳びの解決策はないけれど、リーダー層に対して、説明していく責任がメンバーにはあるとユアン氏は話す。
「DEIは肩書きや正式な役職を持つリーダーだけが推進していく必要のあるものではありません。だれもが、変化の牽引役になれます。ただ声をあげて、気づいてもらおうとすることが大事なんです」(ユアン氏)
誰もが変化を起こせるという発言を受けて、バロン氏はまた、日産で行ったリバースメンタリングの手法を紹介した。AIの活用やソーシャルメディアの使い方などについて、20代の社員2人がペアとなり、50歳以上の役員のメンターになるのである。メンタリングを受けたいと志願する幹部はいないのではないかと心配したが、5名が名乗りをあげた。メンターはイントラネットを通じて募集し、80人以上の応募があったので面接を行って絞り込んだ。この方法は非常に好評だった。メンターになった若い社員は日頃入れないフロアで役員とオープンに自身の意見を共有することができ、役員にとっては新たな視点を得る有意義な経験になったという。
前田氏は、最後に次のように語り、パネルディスカッションをまとめた。
「DEIについてはすでに多くの社員も役員も人事部のセッションなどを通じて理解しています。知識はあるのです。でも、セッションの翌日、オフィスに来た時には何も変わっていないという現実があります。何をすれば良いかがわからないんですよね。だからこそ、一人ひとりが目に見える形で環境を作り出そうとすることが大事です。たとえば、私は『shine AS YOU ARE(あなたらしく輝いて)』というステッカーをスマートホンに貼って、常に人の目につくようにしています。これは当社のDEIのコアメッセージです。こうやって可視化することなどを通して、DEIをすすめていくことが必要ですね」(前田氏)