DEI浸透に鍵となる「企業文化」の醸成とは
次にリュー氏は目標数値に関連して、質問を投げかけた。現在日本では多くの会社が「2030年までに女性の管理職比率を30%以上にする」などといった数値目標を掲げている。数値化できるものは達成されやすいのでこの手の目標は重要だ。しかし、それだけでは不十分ではないか。企業文化を変革していくにはどうしたらいいだろうか、という投げかけだ。
バロン氏も、数値目標だけでは足りないというリュー氏の意見に同意する。もちろん取締役会の構成や女性管理職の割合などについて数値目標を立てるのは重要だが、数値で考えられるのはDEI(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン)のうちD(ダイバーシティ)の部分のみである。しかも、そのDは女性やその他のマイノリティに興味を持ってもらえることに投資をすれば達成できることでもある。E(エクイティ)についても人事部が福利厚生や制度を工夫すれば達成できるものである。日産でもこの手の取り組みは数多く行っている。つまり、ある意味でDとEはお金で買えるのだ。
難しいのはI(インクルージョン)の部分だ。インクルージョンは日々のコミュニケーション、会議、会話の中で達成されなければいけない。人事部だけではインクルージョンを達成できないしトップも方向性を示すことはできても単独では達成できない。これは文化の問題であり、時間がかかる。経営学者のピーター・ドラッカーは「Culture eats strategy for breakfast(文化は戦略を朝食として食べてしまう)」という言葉を残した。戦略としての位置づけでDEIを掲げても、企業文化が真逆の方向にあれば、その戦略は無かったものになるというわけだ。
インクルージョンの鍵となるのは「ERG(従業員リソースグループ)」だとバロン氏は話す。自動車業界に入った当初、女性のERGがあれば良かったと感じているため、日産ではERGの活動に積極的に参加している。例えば多国籍の従業員で成り立つグループでは、ディワリ(インドのお正月・ヒンズー教の祭典)やラマダン終了を祝ったりし、エンジニアたちが伝統衣装を身に付け参加してその重要性を語り、参加者が耳を傾ける。こういったインクルージョンが、イノベーションをもたらす。人は受け入れられていると感じられないと、批判されることを恐れて意見を語ることができないからだ。
それは民族としてのアイデンティを受け入れるというインクルージョンにとどまらない。特に日本では、若い層がアイデアを出すよりも年長者の意見を聞き、学ぶことが求められる。しかし、現在直面しているさまざまな問題を解決するアイデアをZ世代は持っている。日産では定期的に従業員調査を行って、社員がインクルージョンを感じられているか、安心して意見を述べられているかを確認している。問題があるとわかれば、トレーニングやワークショップを開いて改善する。こういったことを通じて、包摂的な職場環境を作るために日々活動しているという。
アサヒグループの前田氏は、DEIの重要性を、リーダーが経験を通して理解する必要があると話す。前田氏自身は国外での経験を通じて理解したが、必ずしも国外に出る必要はない。外国人の社員がいるならマルチナショナルなプロジェクトチームを作り、いないなら、世代が混在するプロジェクトチームを作り、そのプロジェクトをリードする経験をしてもらうのだ。これはDEIの重要性を意識する良い機会になる。
さらに実践的なコツも前田氏は紹介した。DEIのセッションを設定しようとしても、リーダー層は忙しくて乗り気にはならない。ところがそういったセッションに競合他社が参加するとなると、とたんに乗り気になる。小さなヒントだが、こういったリーダー層の心理も活用するといいのではないかと前田氏は笑う。