日本が持つ「製造業×AI」という宝の山、それを阻む組織の「壁」
では、この「働くAIエージェント」時代に、日本企業の勝機はどこにあるのか。木嵜氏が「製造業×AI」の可能性について問うと、両氏は日本のポテンシャルは極めて高いと口をそろえる。しかし、そこにも巨大な「壁」が存在すると言う。
上野山氏は、日本の製造業の現状を「人材も、お金も、現場もある」と評価しつつ、課題をこう分析する。
「ハードウェアを制御する技術は超巨大な分野ですが、まだAIが十分に入り込めていません。その要因は現場で制御技術を扱ってきた人たちと、AIを開発している人たちで世代が分かれている、または違う組織にいるからです。ここを混ぜ込んで新しい仕組みを作れば、大きな価値が生まれるはずです」(PKSHA Technology 上野山氏)
長﨑氏も「まさに世代が違う」とうなずく。「違う世代が融合する仕組みは作れるはず。しかし、日本の伝統的な組織構造、ヒエラルキー、働き方、そして人材の流動性の低さがその融合をかなり阻害しています」と指摘する。
さらに長﨑氏は、日本の労働生産性の低さに加え、もう一つの深刻な一面について言及した。
「企業に勤める方々のエンゲージメント(会社への愛着や貢献意欲)が諸外国に比べて低いという傾向があることです。これは非常にもったいない。このエンゲージメントの低さを改善するたえにも、AIを使うことで仕事の質を変え、働く方々のやる気が出る環境を作る。徐々に会社へのエンゲージメントが高まれば日本は変わるはずです」(OpenAI Japan 長﨑氏)

「PoC止まり」を脱却するリーダーのコミットメント
日本の強みである「現場」とAIを融合させ、生産性とエンゲージメントを同時に向上させる。その処方箋は明確に見える。だが、なぜ実装が進まないのか。長﨑氏は、多くの企業が「PoC(Proof of Concept:概念実証)」で止まってしまう現状を憂う。
「AIに興味のないお客さまはいません。ただ、違いは『本腰を入れてやるかどうか』。そのコミットメントの差が非常に大きい。PoC、つまり検証ばかりが現場で行われ、事業課題の解決に結びつかないケースが多くみられるようです」(OpenAI Japan 長﨑氏)
長﨑氏が提言するのは、トップダウンでのアプローチだ。「事業課題に直結するテーマを見つけ、そこにAIを活用することでどう変わるのかを見極めるアプローチが必要です。そして、次に重要なのがチェンジマネジメント。AI導入で働き方は劇的に変わります。AIに合わせた働き方の再設計、これを1~2年かけて行う覚悟がリーダーにあるかどうかが問われます」と、経営層の「本気度」が不可欠であると強調した。
上野山氏は、AIがリーダー自身の働き方を変える可能性に言及する。
「AIは『認知能力の拡張』に使えます。たとえば、大企業の社長は全ての会議に出られませんが、エージェントが全部の会議に出て要約を見せることはできる。私自身、社内でAIを使うと、自分の認知の範囲を超える新しい情報や文脈を把握できます。AIを使えば、組織内の忖度(そんたく)やバイアスを検知することも論理的には可能です」(PKSHA Technology 上野山氏)
