Web領域で営業スキルを身につけてきた
椿:河原さん、本日はよろしくお願いします。まずは、現在に至るまでのキャリアの歩みからうかがえますか?
河原:よろしくお願いします。私のキャリアのスタートは、法人向けの営業会社でした。飛び込み営業やテレアポを二年間みっちりやって、営業の基礎を徹底的に叩き込んでもらいました。
河原:Webの普及にともなって企業がホームページを作り始めた頃、中小企業向けのホームページ制作を営業していました。「新しいものをどう売るか」を考え続けた当時の経験が、今につながっていると思います。
椿:そこからWebの世界へ?
河原:はい。次に入った会社では十年ほど働きました。アパレル特化のWebプロモーション会社で、サイト・アプリ制作や、ECサイトと実店舗を連携させる仕組みづくりなどを支援する役割でした。そこでWebの営業スキルを身につけ、2017年にジェイアール東日本企画(以下、jeki)へ転職しました。現在はファンが出せる“推し”応援広告サービス「Cheering AD(チアリングアド)」のプロジェクトリーダーを務めています。
椿:Cheering ADを立ち上げる前は、jekiでどのような業務を担当されていたんですか?
河原:最初は商業施設の営業担当を務めていました。転機が訪れたのは、新型コロナウイルスの感染拡大が始まった頃です。Web提案に特化した部署が新設され、そこで営業をしていたタイミングで、社内初の新規事業コンテストが開催されることになりました。
椿:そこでCheering ADの原案を出したんですね。
河原:そうです。ただ、審査は通過しませんでした。通過した案はサイネージのインフラ整備など、広告代理店としての本業に近い堅実なものが多かったです。私の「ファンが推しの広告を出す」というアイデアは、当時の社内ではほとんど理解されませんでした。
売れる自信があったから落選しても諦めなかった
椿:コンテストで落選したのに、どうして事業化できたんですか?
河原:「まずはやってみることが大切だ」と思い、営業の経験を活かして売り始めました(笑)。「マネタイズの目途が立てば事業化できるはず」というマインドだったんです。コンテストに落ちたからといって、ファンのニーズが消えるわけではありません。私自身がK-POPオタクで、韓国に有志のファンが広告を出す文化があるのを知っていたため「なぜ日本でできないんだろう?」「どうすれば日本でも実現できるか?」という問いに向き合うことからスタートしました。
椿:すごいガッツですね!
河原:最初は自分のTwitter(現X)アカウントを使って、応援広告を出したいと思っている人に「私ならお手伝いできるかもしれません」とダイレクトメッセージを送るところから始めました。
椿:広告業界では個人に広告を販売することが長年タブー視されていましたよね。
河原:おっしゃるとおりです。BtoBビジネスが主軸のjekiでは、個人との取引に関する与信フローの整備など、クリアすべき課題が山積みでしたから、社内外と調整しながら一つひとつ解決していきました。経営層からは「なぜそんな小さな市場を狙うのか」「もっと大きな駅ポスターを企業に売ればいいじゃないか」と言われましたし、媒体社からも「なぜファンが自分のお金で広告を出すのか」と理解が得られなくて。“推し活”という言葉が今ほど一般的ではなかったことも要因だったと思います。
