予算もルールも自ら作る。最短で立ち上げた社内プログラム
梶川:そこからどのようにして、後に「TRIBUS」の前身となる「RFG CHALLENGE」や「RICOH ACCELERATOR」の立ち上げに声がかかったのですね。
小笠原:正直、誰が私を推薦してくれたのかはわかっていませんが、不意にボールが飛んできた形です。2018年の11月か12月頃に、「全社的な新規事業プログラムをやるぞ」という話が持ち上がっていて、「誰に回すんだ」となった際に声がかかりました。当時31歳、32歳くらいだったので、若手に任せようという風潮もあったのだと思います。「他の人がやるよりはマシなものにしよう」と思い、自分で引き受けました。
梶川:形もないところから、どのように進められたのですか?
小笠原:経営企画に兼務の形で入ってたのが私ともう1名、そこに研究所で新規事業の仕組みの構築を進めていたメンバー3名も加わり、5名でスタートしています。2019年1月下旬にはリリースしなければならないという非常にタイトなスケジュールだったので、「専門の事務局を作りたい」と掛け合い、法務や知財、人事などからこうした新規事業の動きに興味のある人もアサインしてもらいました。
私自身も経験がなかったので、他社にヒアリングしたり、支援に入っていただいた会社さんに相談したり、独自のネットワークを頼りに制度を設計しました。予算も決まっていなかったので、次年度の予算を自分で勝手に作って経営企画に「これでやります」と答申して走り出しましたね。
梶川:初年度を回してみて、手応えはいかがでしたか。
小笠原:個人的にはとても楽しかったです。集まってくれた事務局メンバーが、「組織の言うことそのまま実行するよりも、自分たちの興味関心や価値観を持ち込みたい」という個性的な人たちばかりでした。ロジ回りが強い人、イベントをやりたい人など、それぞれが強みを活かして動いてくれたため、熱量が高く、非常にきれいに回った初年度だったと思います。

エコシステムに「個人の色」は不要。トップ交代を続けた理由
梶川:その後、2020年度にはプログラムが「TRIBUS」へとリブランディングされます。これにはどのような意図があったのでしょうか。
小笠原:「RFG CHALLENGE」と「RICOH ACCELERATOR」と名前が分かれている時点で統合感がなく、両方を呼ぶのが面倒だったというのが一つ。もう一つは、「リコー」という名前の看板を一旦外したかったからです。クラウドファンディングなどで検証中のプロダクトを世に出す際、リコーの名前を冠していると、リコーのブランドイメージに沿った品質等が求められます。TRIBUSブランドとして切り分けることで、リコーのイメージに縛られすぎず、柔軟な実験をしやすくする強い狙いがありました。
梶川:なるほど。また、小笠原さんは立ち上げの立役者でありながら、2020年度からは別のメンバーにリーダーを譲り、ご自身は裏方に回られています。これはなぜですか?
小笠原:私がトップをやり続けると、どうしてもプログラムに「私の色」がつきすぎてしまうと感じたからです。「特定の人が事務局のトップに居座り続けると、人間はどうしても偏るため、ライトが当たる方向が一方向に固定されてしまう」という危機感がありました。大企業の新規事業は結局、会社が稼いだお金を使わせてもらっている立場です。だからこそ、一部の人にだけライトが当たるのは違う。毎年トップが変わり、「今年のTRIBUSは全然違ったね」と言われるくらい、多様な実験ができるエコシステムであるべきだと考えたのです。



