支援側から起案者へ。言い訳できない環境を求め、出向起業を選択
梶川:そして2021年度末に事務局を完全に退き、2022年度に今度はご自身が起案者としてTRIBUSに応募されます。
小笠原:私が立ち上げに関わった初年度の採択チームの卒業がほぼ決まり、事務局としての責任を見届けられたと感じたのが事務局を退いた大きな理由です。私自身、30代後半に入っており、ボトムアップで自分のアイデアをゼロから試すような「裸での挑戦」は、キャリア的にこれが最後になるだろうという覚悟がありました。実はこの頃、兼務で米国の子会社向けにAI事業の企画なども立ち上げていて、そちらで評価されてやりたいようにやる道もあったのですが、どうしても自分で事業を創りたいというパッションが消せませんでした。
梶川:そこで「出向起業」という道を選ばれたのですね。社内でやるという選択肢もあった中、なぜ外へ出たのでしょうか。
小笠原:社内のチームを何年も見てきて、大企業の中で事業を動かす摩擦や難しさを痛感していたからです。社内で「巨人の肩」を動かそうとすると、様々なルートや優先順位が絡み、必ずどこかで止まってしまいます。しかし外に出てしまえば、親会社からの切り離しもしやすく、リスクを取ってスピード感をもって動きやすくなります。経産省が出向起業制度を後押ししていたことから、日本の大企業のリソースを活かすには非常に適した制度だと思い、自ら成功事例を作りたいと考えました。そして何より、「一切言い訳のできない環境に身を置くほうが絶対に楽しい」という俗っぽい理由も大きかったですね。
顧客の声でピボット。出向起業だからこそのアジャイル
梶川:起業されたTONOMEですが、起案した当初は現在の事業とはまったく違ったそうですね。
小笠原:はい。何をやるかは決めずに起案し、最初はコロナ禍のタイミングでもあったため、「リモートの中でどうやって気持ちよく働けるか」をコンセプトにしていました。スケジュールのアプリに連動して、アロマディフューザーの香りや照明、音楽が変わるというタスク管理に近いサービスを作っていました。そこから発達障害の就労支援の会社と連携して検証するなど、顧客の声に合わせて少しずつ形を変えていったのです。
梶川:そこから現在の組織開発×AIへは、どのようにピボットしたのでしょうか。
小笠原:出向して半年ほど経ったタイミングで、ローコード・ノーコードのアプリ生成AIサービスに触れ、非常に衝撃を受けました。「これならなんでもいける」と直感し、元々企画としては持っていたもののリソース不足で後回しにしていた「1on1の対話を支援するプロダクト」をたった2〜3日で作ってみました。それをお客様に見せたところ、今までのタスク管理アプリよりも圧倒的に反応が良かったのです。「これはこっちだな」と確信し、主従を逆転させて3ヵ月ほどでローンチし、主軸を切り替えました。
梶川:出向起業の制度では、そこまで自由なピボットが許されているのですか。
小笠原:出向起業制度なので、私自身は所属企業であるリコーに在籍していますが、法人としては独立しています。自分の思い込みに固執せず、顧客のフィードバックに合わせてアジャイルに形を変えていくことができています。



