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「複業」という生き方

“辺境”を自然と歩く、帰国子女の異端児―身につけた「コミュ力」、好きなことの「スキル化」

第4回:サービスデザイナー 津田賀央さん インタビュー【後編】

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 テクノロジーの進化によるワーク・シフトやライフスタイルの多様化から、昨今、働く場所や時間にとらわれない「働き方」が受け入れられるようになってきました。今回のインタビュー連載では、パラレルキャリアの中でも、本業以外に仕事を持つ「複業」を実践している方々に登場いただき、実例を通して、どのようにして自分に合った働き方、生き方を見つけていくかを探っていきます。
 お二人目のゲストは、東急エージェンシーを経て、ソニーの企画開発セクションに転職後、2015年5月からは富士見町に移住、会社勤務と個人オフィス経営を両立させている津田賀央さんにお話をお伺いします。後編では、移住までの経緯、スキルの整理、津田さんのコミュニケーション力を形成したできごとなどをお聞きしました。前編はこちら

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「こんなところに住んでみたい」から、1年半後に移住が実現

――そもそも、津田さんが、長野県富士見町へ移住するきっかけは何だったのでしょうか。

津田賀央さん(以下、敬称略): もともと山登りが好きだったのですが、2013年夏、家族で長野県の八ヶ岳にキャンプに出かけたんです。ちょうどその頃、30代後半の実験として、働き方や住み方を変えたいと思い始めた頃でもあり、周辺の村の風景に強く惹かれました。そしたら、奥さんも「こういうとこに住みたいね」って言い出して。ただ、僕は仕事を辞められないので、「3~4年後には、そうなっていたらいいね」と、家族で理想像を話して、盛り上がっているという感じでした。

――結果的には、1年半後、移住が実現してしまいますね。

津田: 僕自身、こんなに早く引っ越すことになるとは思ってもみませんでした。長野のことはよく知らなかったので、「もし、移住することになるんだったら……」と思い描き始めてからは、候補先として松本市や佐久市なども調べていました。ただ、ちょっと都会っぽいなあと。すると、僕たちが八ヶ岳にキャンプに行った3週間後ぐらいに、雑誌『BRUTUS』で「村」特集をやっており、長野県は日本で一番、村が多いところなのだと知りました。だったら、長野県内のいろんな村を見に行ってみようと、その中で偶然見つけた原村へ出かけることに。その後、僕が原村に行ったことをフェイスブックで知った友人から、「地元の人たちと面白いことをやってる人がいるから」と紹介されたのが、原村の隣にある富士見町で活動している建築家ユニット「グランドライン」の人たちだったんです。

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