知見をまとめた働き方改革の入門書
――本書『チェンジ・ワーキング イノベーションを生み出す組織をつくる』は働き方改革(内田洋行では「働き方変革」と呼ばれる)について、御社内での実践例と、事業として行われている「働き方変革」の支援サービスで培われた知見を紹介したものですが、なぜ本としてまとめようとされたのでしょうか。
平山:弊社の知的生産性研究所は1989年に始動したのですが、だんだん「働き方変革」についてご相談をいただくことが増えてきました。ですので、2010年に大きく舵を切って「Change Working」というコンセプトでコンサルティング事業を始めました。
事業を始めた頃のクライアントは、働き方を変えることに対して感度の高い一部の企業だけでした。その後、社会環境ががらっと変わり、働き方改革がバズワードのようにさえなりました。そのため、時短などわかりやすいテーマに注目が集まり、私たちから見るとやや表層的な取り組みに留まってしまっている企業が増えたという印象を持つようになったのです。
ですので、私たちが取り組んでいる「働き方変革」についてまとめ、提示しておく必要があると考えました。もちろん私たちが日本全体の働き方改革を先導しているわけではありませんが、コンサルタントの立場でどう考え、どう実践しているのかを発信しておきたかったのです。本書は各企業が抱える課題、何をしようとしているかについて、現場目線で書くように努めました。
――本書はどんな内容になっていますか?
平山:働き方改革を考えている方にとって、どこから手をつければいいのかがわかるような内容にしました。実務的な事柄も書いていますが、完全なノウハウ本というわけではなく、なぜ働き方改革が必要で、どんなプロジェクトを設計すればいいのかについて詳しく解説しています。
ぜひ知っていただきたいのは、私たちが掲げる二つのハピネス、三つの物差し、二つのアプローチという考え方です。二つのハピネスとは「なぜ働き方を変えるのか」を問うもので、経営目線と社員目線を等価に捉えることが重要なのですね。生産性や売上の向上だけではなく、かといって社員の待遇だけでもない。経営と社員のハピネスの両立を目的とするのがポイントです。
そのハピネスが実現できているかを評価してPDCAを回すための物差しが、創造性、効率性、躍動性の三つです。特に躍動性についてはしっかり説明しました。簡単に言えば、躍動性は元気がいい組織かどうかということ。例えば、失敗を恐れないチャレンジが行われているかどうか、職場に活気があり、社員が仕事を楽しんでいるかといったことで測ることができます。
では、ハピネスの実現に向けて何をすればいいのか。それが二つのアプローチです。一つは仕組みや環境の整備、もう一つが社員の行動変革を促すことです。ただ、働き方改革というと、どうしても環境整備のほうに意識が向いてしまいがちです。在宅勤務、モバイルデバイスを導入することは働き方改革につながりますが、それだけでは足りません。肝心なのは一人ひとりの社員が働き方を変えてみようと考えることで、企業としてはそれをどう促すかが重要です。
――実際にコンサルティングを行う際も、この考え方を共有されるのでしょうか。
平山:そうですね。きちんとお話しして、同意をいただいたうえで取り組んでいきます。もちろん、アプローチに関して環境整備だけでいいと考えている企業もありますが、実は別の部分でも課題を抱えていて、やはり社員の行動変革が必要だと気づいていただけることもあります。そうすると、よりよいハピネスに向かって改革に取り組めるようになります。
――企業自身が気づいていない課題は意外と多いのですか?
平山:たとえば、組織間の壁が課題だと考えている企業のお話を聞くと、たしかに壁がありますが、それ以前に組織の中のコミュニケーションが十分でない場合があります。組織間の壁を壊そうとする前に、まずは上司と部下の関係を改善したほうがいいとなる場合もありますね。
解決すべきと考えている課題が真の課題かどうかは容易に断定できません。ですので、気づいていない課題を見つけるためのツールとして本書やコンサルタントを利用してみてもいいのではないでしょうか。
「協力して当然」ではうまくいかない
――本書はどういう読者をイメージされていますか?
平山:自社で働き方改革のプロジェクトを立ち上げたいと考えている経営層の方です。また、そのプロジェクトを実際に担当する、経営企画や人事のマネージャーですね。まず何をすればいいのか悩まれると思いますが、そういうときに手に取っていただきたい本です。
本書を通じて受け取っていただきたいのは、やはり二つのハピネス、三つの物差し、二つのアプローチの考え方です。そして、自社に変革を必要とする要因――チェンジ・ドライバーがあるのかどうかを検討してみてほしいですね。それがないなら、別に働き方改革に取り組む必要はないのです。
あるいは、自分たちで働き方改革を始めてみても、にっちもさっちも行かなくなってしまう場合がありえます。特に、社員が思ったように動いてくれなくて頓挫することもあるでしょう。たとえ社員のハピネスのためにプロジェクトを始動しても、社員はそんなに簡単に動いてくれないのですよ。「社員のため」と掲げれば全員が喜々として協力してくれるというのは幻想に過ぎません。
社員のための働き方改革だと訴えても、「協力して当然」と上から目線だと絶対にうまくいきません。経営層は社員が共感し期待感を持ってくれるようにコミュニケーションしなければならないのです。そういった地道なことが、働き方改革の本来の目的であるイノベーションにつながります。
――少なくとも働き方を改革しようと考えているというだけでいい企業のように感じますが、経営層の取り組み方が伴っていないと意味がないということですね。
平山:コンサルティングをしていて感じるのは、社員のために変えたい、もっといい会社にしたいという「よりよくするために」というケース以上に、むしろ現状に危機感を持っている企業のほうが多いかもしれないということです。
労働環境の変化はどの企業も感じていると思います。明確なビジョンがないと優秀な人材は採用できませんし、採用できたとしてもミスマッチが生じることもあります。人材確保のために新しく社員を採用するという戦略は、もう通用しづらくなっています。ということは、内部リソースをどう活用していくかが大きな課題となります。
つまり、今いる社員を育成してポテンシャルを上げ、活躍してもらわないと事業が成り立たなくなっていきます。その危機感を、多くの経営者が切実に感じ始めています。
従来、社員を活躍させるための解決策は教育でした。研修をやればなんとかなる、と。研修に効果がないとは言いませんが、一過性になることが多いですよね。受講した直後はモチベーションが高まっても、それが継続しないのです。働き方改革の場合は継続させることが前提ですから、一過性の研修よりも効果が大きいのではと思います。
というのも、研修はスキルアップが中心ですが、スキルを上乗せするには基礎が必要です。その基礎を固めるのが働き方改革なのですね。決して時短や残業を減らすことだけが働き方改革ではありません。
取り組みを公表するメリットは大きい
――本書の「Chapter4 ケースで学ぶ働き方変革の進め方」ではコニカミノルタ株式会社とウシオ電機株式会社の事例が掲載されています。この2社を選ばれたのはなぜでしょうか。
平山:両社はそれぞれ特徴がある取り組み方で成功した事例です。コニカミノルタさんはトップの強い意志から始まり、まず本社を改革。次に研究開発に展開しました。その後にプロジェクトを各部門に広めていったのです。
ウシオ電機さんもトップが働き方改革をスタートさせたのですが、プロジェクトが社内を横断するように拡大していき、社員の教育装置として機能したのが特徴的です。
少し前までは、ほとんどの企業で働き方改革を進めていること自体を公にしないことが当たり前でした。ですが、コニカミノルタさんとウシオ電機さんには掲載を快諾していただくことができました。
――今なら働き方改革に取り組んでいることを公表しないと、何もしていないように受け止められてマイナスに見られそうです。
平山:あくまで社内の取り組みなので、公表していないことが悪いのではありません。しかし、世の中の労働に対する価値観は変化しています。その中で、働き方改革を進めているとアピールしたほうがメリットが大きいと考える企業が増えてきたのですね。
――やはり今は公表したほうがいいのでしょうか。
平山:私はそうしたほうがいいと思います。求職中の方からすれば、オープンな会社で働き方について真剣に考えていると受け止めてもらえるでしょう。また、他社が見れば競争意識を持ってくれるかもしれません。そうすると社会全体で働き方改革が進展していきますよね。
そして自社にとっても、公表すると引くに引けなくなります。より真剣に働き方改革に取り組まないといけなくなるので、公表することのメリットは非常に大きいのではないでしょうか。
一人ひとりがちょっとした習慣作りから
――本書は経営層向けの内容ですが、社員側としては働き方改革にどう向き合えばいいでしょうか。
平山:実は今、ASCII.jpで「「攻め」の働き方改革~やらされるなんてまっぴら、自分のやりたいことをやる」という連載を書いています。ここで言いたいことは、働き方改革がビジネスパーソンにとっての生存戦略だということです。
いくら人材不足と言っても、その中で高待遇を掴み取れる人は少なく、高待遇で雇用しようという企業も多くはありません。もし高待遇を得たいのであれば、働き方改革は不可欠です。なぜなら、基礎力が高くなり、どんな仕事でも応用力を発揮できるからです。そして、そういう人の周りにはおのずと能力の高い人たちが集まってきます。
特別な知識や技術はそこまで必要ではなく、基礎力を身につけて都度勉強すればいいのです。企業としても、自分の価値を高めていける人を重宝しますよね。
働き方改革はできるところから始めてください。たとえば、1週間のうち1日、午前中はアポイントを絶対に入れないと決めて、それを守り抜く。コンセントレーションタイムと言いますが、その時間で翌週楽になるための仕事をすべてやってしまいます。
自分が集中するためのルーティンを作るのもいいと思います。それを習慣づけるにはコストがかかりますし、ちょっと面倒ではあるのですが、意識せずできるようになればその効果は絶大です。こういうちょっとした習慣を作っていくことから、働き方改革は始められるわけです。
本書は経営層向けなので、社員向けのことを書いてしまうとテーマがぶれてしまうため、具体的な方法にまでは踏み込んでいません。ですが、私としては一人ひとりのビジネスパーソンの働き方についても大きな問題意識を持っています。本書の行間から読み取っていただけると嬉しいですね。