ベテランビジネスパーソンが30年の経験でも気づけなかった、自分の主張の裏付けとなる知識体系と問題意識
宇田川:実務の中で感じた、通説に対する引っ掛かりを、研究で解明していくということにチャレンジされたんですね。研究は、どういう結果になったんですか?
木内:リーマンショック直後は事業会社と銀行を同一視するようなナイーブな議論が多かったのですが、それから時間も経ち、やはり銀行には事業法人と異なる機能があり、それに照らすと自己資本比率もこれぐらいでいいんだ――、といった議論やそれを受けた実証分析もある程度出てきています。私が当時なんとなく「おかしい」と感じたことを、ある程度立証してくれる先生が出てきたりしていることが、先行研究のサーベイの結果わかりました。それなら、自分もそれを実証的に裏付ける検証や研究をすることで貢献できるのではないか、そう思えるようになりました。
宇田川:修士論文で、そういうことを書かれたんですか?
木内:はい。その後の博士論文では、歴史的にさかのぼってみることで自己資本比率のあり方を考えました。日本の銀行の19世紀末から今日までの変遷を見てみると、自己資本比率が5割くらいと事業会社並みに高かった時期もあるんです。それがなぜ今日のように下がってきたのか、歴史的に分析することで銀行にとっての自己資本の役割や、自己資本規制はどうあるべきなのかを探っていきました。
宇田川:研究していく中で物事の見え方が変わった、あるいは深まったような経験があれば教えてください。
木内:過去の研究の蓄積や学問の体系の中での、自分の主張の位置づけというものを考えるようになりました。
ひとつの仕事を30年もやっていると、その分野についてそれなりにわかった気がするんですよね。でも今思うと、それが経済学という知識体系の中でどう位置づけられているのか、自分の考えを世界に通用する議論とするにはどう主張したらいいのか、そういったことが断片的にしか見えていませんでした。
また、改めて歴史的に自己資本の役割や自己資本規制を捉えなおす中で、自己資本比率は負債比率の裏返しであること、そして銀行にとって負債は預金であり、預金を受けて貸出をするという銀行の機能や貨幣としての預金の機能と、銀行の低い自己資本比率が密接に関係している事に気付いていきました。
宇田川:銀行というものがどういう役割を担ってるのか、もっと重層的に見えるように?
木内:まさにそうですね。
もうひとつ良かったのは、博士論文の中間審査で先生に見ていただきながら、自分の問題意識を深められたことです。修士論文や自主的研究を経て博士論文を書く以上、何か深いテーマ、岩盤のような問題意識があるはずだと。「君の問題意識は何か、一連の研究や論文を書くことでたどり着いた君の主張は何か、最終的に学問体系に対してどのような貢献があるのか」それを何度も問いかけられました。