密なコミュニケーションと真摯な徹底が成功の鍵
「ワークスタイル改革運動 カエルキャンペーン」の具体的な施策としては、朝型勤務推奨や20時以降の残業禁止、定期的な勤怠実績監査などベーシックなものから、幹部が率先しての年休取得や時短目標へのインセンティブ導入、サテライトオフィスの整備によるテレワークなど多岐にわたる。前出の「社内ポイント付与制度」や、部門を越えて業務の無駄を改善する「ムダ取りワーキンググループ」など、以前から続くユニークな施策もパワーアップして継続されている。
こうした様々な施策を“絵に描いた餅”にしないために、重視されているのが社内外への「コミュニケーション」だ。まずトップダウンのメッセージとして、社長から顧客企業や社員の家族に向けて取り組みを説明する手紙が送られたという。
「重要なのは、メッセージの対象が社員だけではないことなんです。受託型事業の宿命として、お客様の理解がなければ残業は減りません。しかし、ムダ取りワーキンググループの議論の中で『残業ができないことなどを現場でお客様に理解していただくのは難しい』という声があがり、トップ同士の共感・合意が必要と考えました。役員がお伺いして社長からの手紙をお手渡ししたのですが、幸いどこも好意的で『うちの人事にノウハウを共有してほしい』などのお声がけもたくさんいただきました」(林氏)
社長の手紙は家族宛にも直接郵送された。健康で元気に働くには家族の理解や協力が必要と考えたためだという。お叱りや励ましなど様々な反応があり、それによって把握している勤怠実績と異なることがわかったり、見過ごされていた問題点に気づいたり、予想以上に様々な収穫があったという。
「家庭で自分の仕事のあり方について十分に語っていない人おり、それを心配しているご家族もいらっしゃいました。突然の手紙に戸惑った人もいたようですが、改めて自身の働き方や家族との時間など、考えていただく機会にもなったのではないかと思います。また、社員の健康や働き方などについてご家族からご相談を受ける窓口となるべく、道筋をつけることもできました」(金子氏)
また経営幹部と現場社員の小規模集会を開催するなど、トップの本気度を徹底して伝え、様々な場面で「働き方改革」の必要性が発信された。そして、ボトムアップの取り組みとして、前出の「仕事のムダ取りWG」を事業部ごとに立ち上げたことで、社員からの問題提起や発信が活発化し「自分ごと」と捉える雰囲気が醸成された。さらに社員が描いたというカエルのイラストが印象的なポスターやチラシ、デジタルサイネージなども社内への浸透に大きく貢献したという。
「働き方改革…というと堅苦しく難しく考えがちですが、もっと軽やかに自分の仕事や働き方について考え、実践してほしい。そんな思いが、カエルには込められています。その意味で効果は絶大だったと思います」(金子氏)
そして、運動を真摯に徹底して推進していくために、休暇取得など経営幹部の実践・率先垂範、時短や残業削減など目に見えて成果が出た場合のインセンティブや効果的な施策の全社横展開も実施されるようになった。そして6割に相当する裁量労働適用者に対するテレワークの積極活用や、営業・SEを中心に約3,000名が利用可能なサテライトオフィス整備など、時間と場所にとらわれずに働く「タイム&ロケーションフリーワーク」なども実践されている。
「テレワークは当初コミュニケーションや就業管理の難しさ、顧客対応への懸念もありました。そこで総合職全員に積極的に利用してもらい、Skypeの常時接続で仕事をしてもらったんです。その結果、それぞれへの懸念は大きく下がり、徐々に浸透しつつあります。なお、就業管理についてはPC画面を定期的に記録する『Work Time Recorder』などを試験的に導入してみましたが、賛否両論あり、まだベストな解答を見つけ出せていません。そのあたりが今後の課題ですね」(松本氏)
また『そこまで?』と驚かされたのは、健康診断の受診推進だけでなく、その結果に応じて就業制限や残業禁止措置などが適応されることだ。日本人はつい無理をしてしまうという人が多く、結果として心身の健康を損ねてしまう人も少なくない。そこで、健康診断の内容で会社が『働くな』と制限をかけるというのである。特にメンタル疾患で休業した人には復職にあたって産業医が厳しく判断し、復職支援プログラムが用意されるなど、円滑な職場復帰を支援している。
「やりすぎという声もないわけではありませんが、IT業界は100人に2人とメンタル疾患罹病率が高く、当社も例外ではありませんでした。手厚い支援により7割以上といわれる再発率を3〜4割までに下げることができました。罹病率については目標としている業界最低水準の0.6%にはまだ遠いものの、当初の約半分である1%まで下がってきています。他の医療費についても、日立グループ内での健康保険の1人あたりの使用料金は最も低く抑えられるようになりました」(林氏)