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『繁栄のパラドクス 絶望を希望に変えるイノベーションの経済学 』第2章 全文公開【前編】

クレイトン・M クリステンセン 著 / パーパーコリンズ・ジャパン 刊

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イノベーションの種類

人が理解していないことのひとつは、市場とは創造物であるということだ。探して見つかるものではない。市場は創造しなければならない。
──ロナルド・コース、1991年ノーベル経済学賞受賞者

 実績のある優れた企業がなぜ新興企業の脅威を軽視し、やがて倒されてしまうのかを論じた『イノベーションのジレンマ』(翔泳社)を刊行して以来、私は独自のジレンマに立ち向かう数多の企業をサポートしてきた。その作業の中心にあるのは、破壊的イノベーションという理論である。この理論は、資源の少ない企業でも、よりシンプルで使いやすく安価なイノベーションを、過剰な機能をもたされている顧客、あるいは見落とされてきた顧客に届けることで、既存企業とわたり合い、最終的に業界を再定義する現象を説明する。

 長年考えてきたことを書籍として刊行してから二十数年、この理論はビジネス界のほか、教育や医療の世界にも根づいていった。そのため、私は特定の業界での応用方法について多くの質問を受けるようになった。すべての業界を詳しく知ってはいなくとも、理論というツールを活用することで、当事者がさまざまなレンズで問題を観察する手助けはできる。

 私が共同設立したコンサルタント会社、イノサイト社で開催しているCEOサミットの場で、数年前、ある企業幹部の発言が、たいせつなことを思い出させてくれた。問題を解決するにはまず正しいレンズを用意することがきわめて重要であるということだ。「わが社では、研究開発部門の活動はすべて〝イノベーション〟として分類しています。ですが、本日の講演をうかがい、イノベーションには種類があり、それぞれに役割が異なるとわかりました。うちのR&Dを、社が目指している目標を達成できるような態勢に編成し直さなければなりません。イノベーションをつうじて社の成長を追求するのなら、そのイノベーションはひとつの姿ではないはずです」

 この幹部は正しい。すべてのイノベーションが同じように生み出されるのではない。これまでの研究をつうじて、イノベーションには、持続型、効率化、市場創造型の3つの種類のあることがわかってきた。どれがよい悪いではなく、組織の成長を支えるうえでそれぞれに別個の役割があるのだ。

 自社のために適切なイノベーションを選択したいというこの幹部の発言について考察した結果、私はより広範に適用できる知見を得た。経済活動としておこなわれるイノベーションについて論じるとき、私たちは特許出願の件数や研究開発部門への投資額、科学研究機関の陣容などの周辺要素をもとに、イノベーションの能力を測ろうとする。だが、イノベーションのタイプによって組織に与える影響が異なるとしたら、経済に与える影響も異なりはしないだろうか。

 結局、経済とはそれを構成する企業によってほとんどがかたちづくられる。第1章で定義したイノベーション──「組織が労働、資本、原料、情報をより高価値のプロダクト/サービスのかたちに転換するためのプロセスにおける変化」──を多くの企業が実施している。ここで言うイノベーションは、過去に存在していなかったまったく新しいものを生み出す発明(インベンション)とはちがう。イノベーションには、ある国から別の国、ある企業から別の企業のあいだで発想が借用され、よりよく生まれ変わった場合も多数含まれる。そこで、われわれは分析の単位としてイノベーションを設定し、その種類や規模、企業に及ぼす影響が経済にどうかかわるのかを追求することにした。

 私は毎学期、学生のまえで手にもったペンを落としてみせ、かがんでそれを拾いながらこう言う。「まったく、重力とは厄介なものだね。だが重力のほうはおかまいなしに、このペンと同様、いつでもきみたちを引っ張ろうとする」。ここでのポイントは、意識的に考えるかどうかにかかわらず重力はつねに働くが、もし重力を意識してその仕組みを学ぶのであれば、私たち自身の便益のために重力を活用できるということだ。同じことがイノベーションにも言える。どのタイプのイノベーションがどのような結果を引き起こすかを理解すれば、イノベーションを私たち自身の便益のために活用できる。ちがいを認識することが持続可能な経済成長を追求するための重要な第一歩となるのだ。

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持続型イノベーション

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