「使い勝手のいい存在になる」ことはキャリアのプラスにならない
経営陣からの要望をできる限り受け入れる、従順で使い勝手のいい従業員になるのが、出世の近道だと思ってはいないだろうか。使い勝手のいい存在であれば、多くのチャンスが与えられ、上層部のお気に入りになれると思うからだろう。しかし、そうならないケースも少なくないことを肝に命じておくべきだ。
事例を挙げよう。工作機械の設計・製造を行うドイツ企業で、グループプロダクトマネジャーとして働いていたディーター氏の身に起こった出来事だ。
この企業のCEOはある時点で、さらなる勢力拡大のために海外進出することを決め、最初の拠点をインドに定めた。そこでこの一大プロジェクトの責任者として白羽の矢が立ったのがディーター氏だった。彼は、インドでの成功は、帰国後、本社でのより高いポジションを約束しているように思えた。現地に赴任する提案を受け入れ、会社の発展に寄与することが、自分のキャリアにプラスになると固く信じていたのである。
まもなくディーター氏は、家族とともにインドのカルカッタに駐在した。現地の人材を採用し、現地の生産体制を整え、ある程度の顧客を獲得することに成功した。だが、地元企業との競争は苛烈だった。ディーター氏は、本社への報告の中で「マーケティング予算を増やすべき」との意見を述べた。
3年後、ディーター氏はドイツに戻ることになった。インドの事業はおおむね好調だった。だが、会社が期待していたほどの利益は出ていなかった。なお、マーケティング予算の増加を求めたディーラー氏の要望は無視されていた。
結局、帰国後のディーラー氏のポジションは3年前と変わらなかった。インドでの努力むなしく、キャリアアップの目論見は見事に外れたのである。
会社からの要望があった時に、それが本当に自分のキャリアを前進させてくれるものなのかを、冷静に判断する必要がある。最悪の場合、大きな失敗をしなくても、キャリアを後退させる可能性もあるのだ。
重要なのは、会社は自分のためを思って提案するわけではない、と認識することだ。企業が最優先するのは事業の発展であって、従業員のキャリアアップは、それに付随するものでしかない。
とくにディーター氏のように、本社から遠い場所に向かわなければならないケースは注意が必要だ。重要な決定がなされる中枢部から離れていると、経営陣の頭から、その遠い場所とそこにいる人間の存在が消えてしまうことが起こりやすい。離れた場所から何か要望があったとしても、後回しにされるか、運が悪ければまったく無視される。ディーター氏の予算増額要求が3年もほったらかしにされたように、だ。
以上が「使い勝手のいい存在になる」ことのデメリットだ。次に、なぜ「人と違うことをして個性を発揮する」ことが成功を阻むのか、説明しよう。
それは、それぞれの企業には独自のカルチャーや明文化されていないルールがあり、上層部であるほど、それを重視する傾向があるからだ。あなたが「人と違うこと」をして、それらから逸脱した場合、たとえそれが会社の利益に貢献するものであったとしても、これまで積み上げた企業の秩序とイメージを損なうものとして忌み嫌われる可能性がある。まずは表面上ルールを守りながら、少しずつ「違うこと」を進めるような、少しの狡猾さが必要なのだ。
さらに、通常は美徳のように思われる「粘り強く最後までやり遂げる」ことも、マキャベリ的知性が必要な環境では、失敗につながりかねない。変化の激しい現代ビジネスにおいては、タイミングがすべてと言っても過言ではない。「最後までやり遂げる」ことにこだわっていると、他のタイムリーなチャンスを逃してしまうかもしれない。取り組みがこう着状態に陥ったら、一度そこから離れ、違うチャレンジを始めるべきだ。いまの時代に成功できるのは「正しい時に正しい場所にいられる人」なのである。
(翻訳協力:株式会社トランネット)
SERENDIP編集部コメント
「マキャベリ的知性」は、経営者が従業員を支配する、といったものではなく、ピリピリした職場環境をよしとするものでもない。要は、会社に甘えず「個」をしっかりと持った上で、柔軟に環境への適応を考えること。それさえできれば、どんなカルチャーの職場でも、充実した仕事ができるのではないだろうか。
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『Machiavellian Intelligence: How to Survive and Rise in the Modern Corporation』
(現代企業におけるキャリアアップに役立つ「マキャベリ的知性」とは)
Mark Powell / Jonathan Gifford 著 | LID Publishing | 2017/11 | 192p