上司と部下の対話に存在する「You」と「I」のメッセージ
宇田川氏の基調講演に続くパネルディスカッションでは、イノベーションの起点となる重要な「対話」について、それぞれの立場からの意見交換が行われた。
バックボーンや価値観などが異なる者同士で対話を続けていくためには、その間に横たわる溝を知り、さらには両者をつなぐ橋を架けることが重要だ。それではいったいどのようなアプローチが可能なのか。宇田川氏は著書『他者と働く──「わかりあえなさ」から始める組織論』の中で、組織における3つの溝として「上司と部下」「部門と部門」「経営と現場」をあげている。
まず1つ目の「上司と部下」について、リクルートマネジメントソリューションズの荒金氏は、マネジャーやリーダークラスの人たちと触れ合う中で「ちゃんと上司をしなくては」と役割に囚われていると、それがメンバーとの対話の妨げになるのではないかと語る。昨今はマネジメントの状況やスキルを測定するツールも登場しており、日々評価されていることで管理や指導といった役割を強く意識しすぎているというわけだ。逆に、部下が上司に“上司の役割”を過度に期待することで溝が生じることもある。
一方、斉藤氏は「上司と部下の関係で、『褒めること』の難しさを感じる」と語る。部下自身がやって当然と思っていることを褒められても不信感を抱き、本当に頑張ったことを褒められないとやはり不信感を募らせる。もともと信頼関係が成り立っていない場合、受け入れがたい環境もあるだろう。
そこで斉藤氏がコツとしてあげたのは、「Youメッセージ」と「Iメッセージ」の使い分けだ。たとえば、「あなたは仕事が正確だ」(Youメッセージ)と言われると評価でしかない。一方、「あなたの仕事が正確だから、私が助かった」(Iメッセージ)と言われればより受け入れられやすい。
この時、荒金氏が語ったように、「上司である」という気負いが評価的な物言いにつながっている可能性もある。しかし、ちょっとしたコツで受け入れられやすくなるなら、気負わず口できるのではないか、というわけだ。
それを受けて、宇田川氏は「もちろん相手の受け取りやすさというメリットはあるが、Iメッセージによって自分の状況や感情を棚卸しできたということに価値を感じる」と語る。自分のナラティヴを脇に置いて話を聞くことから相手のナラティヴが見えてくるが、実はなかなか自分のナラティヴは気づきにくい。その意味で、Iメッセージでの言語化は自分のナラティヴを認識する上でも有効な手段となるようだ。