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ビジネスモデルをデザインし直す時代に求められる人材とは──佐藤可士和と服部元が語るデザインアート思考

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 これからのビジネスにおいて、カスタマーへの共感を重視する「デザイン思考」とアーティストの価値観から出発する「アート思考」を組み合わせた「デザインアート思考」の必要性を説くのが、御茶の水美術専門学校を運営するOCHABI Instituteの理事である服部元氏。そのエッセンスが語られた『デザインアート思考』(翔泳社)より、クリエイティブディレクターの佐藤可士和氏との対談「ビジネスでこれから求められる人材とは」を抜粋して紹介する。

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本記事は『デザインアート思考 使い手のニーズとつくり手のウォンツを同時に実現する10のステップ』の対談「ビジネスでこれから求められる人材とは」から一部を抜粋したものです(対談は2020年3月に実施)。掲載にあたり編集しています。

ビジネスモデルや経営をデザインし直す時代に来ている

服部元(以下、服部) 今、日本は生まれ変わろうともがき苦しんでいます。理由はさまざまにありますが、戦後、貧困を極めた日本は、持ち前の勤勉さで生産力や製品の品質向上に努め、いかに短期間とはいえ世界市場の上位を経験しました。一方、主導権を取り戻したい欧米諸国は、製品ではなく人間自身に注目し、サービス・ドミナント・ロジックに傾倒していきます。

 日本は幸か不幸か「世界市場上位」という鮮烈な成功体験を持ってしまったがために、高度経済成長期に日本人がデザインしたビジネスモデルから抜け出せないまま、年功序列の組織形態に高齢化が相まって経営さえも硬直化しました。そして2020年現在、日本は戦後初めて、ビジネスモデルや経営を今の日本に合った形で根本からデザインし直す必要に迫られています

佐藤可士和(以下、佐藤) 今、大きな価値観のチェンジを求められていますね。確かに戦後に復興し、高度経済成長期の成功体験がいまだに強く残っていて、そこから何十年も経ち、環境は変わってしまっているのに、認識されていないですよね。少子高齢化になり、世界経済においてはリーマンショックも起き、今後もそれ以上のことがあるかもしれない。大きな環境の変化に、いつまでも若いつもりで「まあなんとかなる」という感覚ではいられません。

 そんな中、僕の担当しているクライアント企業の多くは、2019年あたりからSDGsやESGへのアクションを起こし始めています。それ以前から当然意識の中にはあって、実際にここ数年でアクションへと移り始めているところです。

服部 そうですね。SDGsは環境や社会への貢献も含めたより広範囲な概念としてデザインを捉え直す必要性を明るみに出しました。実際、ESG投資もSDGsへの意識が高いヨーロッパ諸国を中心に拡大を続け、ここ数年では、日本でも凄まじい伸び率を見せています。

 しかし、多くの企業は海外の成功事例を模倣しているだけで、自社の特性に合ったデザインを施しているわけではありません。結果として、多くの社員がSDGsの活動を支援する意味を理解できずに会社の方針として受け止めるにとどまっています。ヨーロッパとは文化の異なる日本が真にSDGsの実現を目指すのであれば、自分たちの風土に合ったデザインを施さなければならないでしょう。

佐藤 いまやSDGsという言葉はビジネスパーソンなら当然わかっているし、理屈では理解している。しかし、英語だからなのか、しっくりこないんですよね。Sustainable Development Goalsという単語の意味としては理解できても、本当に伝えたい概念がパッと飲み込みにくいというか。高度経済成長期のやり方が崩壊したことだけはわかっているけれども、なんとなく次の価値軸が見つからないから現実を受け入れたくない状態かもしれません。次にシフトすべき方向が見つからないから、なんだか全体的にモヤモヤしていますよね。

アートやデザインは、選ばれた人間の特権ではない

佐藤 元来、人間は変化することを好みません。それが前提だからこそ、改革というのは難しいのだと思います。

服部 全くもって同感です。私たちは専門学校のあるべき姿として、クリエイティブをビジネススキルとして改めて捉え直し、その思考法を分解して、学生でも再現できるように論理的に再構築したにすぎません。そもそもアートやデザインといったクリエイティブの才能は、特別なものだと勘違いされがちですが、選ばれた人間にのみ与えられた特権ではなく、マーケティングと同じように論理的に学べば誰でも身につけられるのです。ところがこの「論理的」というのが、「感覚的」を重視していた当時の先生たちには非常に不評で、学生までを巻き込んだネガティブキャンペーンに発展したのです。

佐藤 僕なんか、もともとそういう考え方なので不思議ですが、どんな反発が出たのですか?

服部 特に多かったのが「マーケットを意識した時点で良作を創造することはできない」という意見で、これは戦後から刷新されてこなかった日本の美術教育が招いたマインドセットと言ってよいと思います。

佐藤 どうしてもアートとビジネスを分けて考えたいのだと思うのですが、現実的社会はそうなってはいませんからね。

服部 そうなんです。そこでデッサンの技法をビジネスパーソンの意思伝達を円滑にするコミュニケーション・ツールとしてまとめたのが「ロジカルデッサン™」で、その技法は、実は可士和さんが本学園の予備校に通っていた頃から、意識していました。

佐藤 僕は高校時代に大学の進路で悩んでいた時、御茶の水美術学院に出会ったのです。おかげで、その後多摩美術大学に進学し、今の僕があるわけです。

デザインアート思考でコミュニケーションを活性化

服部 もともとデザインアート思考は、先生と学生間だけではなく、職員も含めて共通した思考プロセスを持つことで学内のコミュニケーションを活性化させ、教育効果を最大化することを目的に考え出された思考法なんです。学校と言うと先生ばかりが注目されがちですが、職員それぞれにも教育に従事する理由があります。学校が自ら掲げるビジョンを明確にできなければ、そこで働く人々にチームワークなど生まれようもなく、教育改革などは花火のように弾けて消えてしまうんです。

 教育業界には、企業で言うところの経営指針みたいなものにならう習慣がないので、組織力ではなく、一部の先生に教育方針自体が引きずられてしまうことも多々あります。これが派閥争いを生み、先生だけではなく、巻き込まれた職員たちも教育で社会に貢献するという意義を見失ってしまうんです。

佐藤 もちろん、それぞれの考え方は多様であっていいのですが、社会に対するその学校の大きな考え方が最も重要です。

服部 そうですね。以前、改革途上の混迷期に可士和さんに「インターナルブランディングに取り組んでみたら」というアドバイスをいただいて、御茶の水美術専門学校の原点について改めて考え直したのを思い出します。本校は戦後の復興期に創立者が私邸を美術学校に変えたのが始まりですが、創立者はデザイナーやアーティストではなく、生物学を専門とする科学者でした。彼は、論理的に、「科学と戦争」の組み合わせが悲劇を招くなら、「科学と文化」を組み合わせれば、これが多様であればあるほど、多くの人々に自分らしい幸福のあり方を想像させ、実現できる可能性を示すことができると考えていました。そこから本校の建学の精神は「世界に文化で貢献する」となりました。

 感覚的な表現はそれを共有できる人間同士でしか成り立ちませんが、論理的な表現は内外誰もが理解し得るので、ビジネス的にも再現性が高いプランを提案できます。世界を意識すればするほど、創造性教育の基本はロジカルであった方がいいという結論に至ったのです。

佐藤 内外で思考が共有できていないと、それぞれの教育のシナジー効果も薄れてしまい効率も悪くなってしまいます。

服部 はい。デザインアート思考を考案するにあたり、ビジネスパーソンや起業家、あるいはフリーランスとして授業に携わっている先生たちへのヒアリングを実施し、彼らが作成したシラバスと彼らの言葉を照らし合わせながら、クリエイティブの肝は何かを分析していきました。その結果、実は「大事なポイント」というのは、どの先生も言葉が違うだけで本質は同じだということがわかったのです。しかし、言葉の違いこそが教育効果を大幅に下げ、コミュニケーションコストを高くする原因でした。こうして本校でのデザインアート思考のニーズは高まり、学生たちは先生からの指摘が、例えば、ビジョンの曖昧さに由来するのか、コンセプトに新規性がないことなのか、トライアルに差別化のポイントがないことなのかが、わかるようになったのです。

佐藤 例えば「コンセプト」という言葉は、いろんなレイヤーで存在しますよね。マーケティングのコンセプトとか、表現のコンセプトとか。同じプロジェクトでも、レイヤーが違うと言葉が変わるので注意しなくてはならないですね。今は学生でもコンセプトという言葉を頻繁に使うようになって一般用語化したけれど、僕が高校生の頃は理解しにくかったです。辞書を引いても「概念」などとしか書いていないし、しっくりこなかったです。

服部 確かにコンセプトは最も定義に苦労した言葉のひとつです。そこで、本校がプロジェクト・ベースド・ラーニング(PBL)の一環として重点的に取り組んでいる産学連携授業の事例を観察すると、多くの企業が「なぜ(Why)」成功したいのかよりも「どう(How)」成功するのかを重視しているのがわかってきたのです。学生のクリエイティブジャンプを引き出すには、企業が求めるHowの「コンセプト」を受け入れると共に、冷静にWhyの「ビジョン」までさかのぼる思考法が必要だと実感したのを覚えています。

 しかも世界は今、SDGsの実現に向かっています。そしてSDGsには目標はあっても、その達成に明らかな正解があるわけではなく、目標に至る道筋でさえ自分で創造しながら「持続可能な状態」で維持しなければなりません。このような答えのない問いへの挑戦は、「なぜ(Why)」自分はその目標に取り組むか、という明確なビジョンに支えられたモチベーションがないと継続できません。デザインアート思考ではビジョンをコンセプトより中心に据えています。自分の属するコミュニティーの掲げる目的ではなく、クリエイターである自分自身の目的は何なのかを問うようにしたのです。その結果学生は、無意識にモチベーションの在り処を探るようになったのです。

佐藤 その思考プロセスに慣れてしまえば、毎回これがデザインアート思考だとは考えないですよね。結局は、きちんと課題を発見し、それがレイヤーで整理できて、かつ最後のソリューションを出す時にクリエイティブなジャンプができるかどうか。課題を発見できなければ、モチベーションが持てないも同然です。起業する人には、やはりそういうビジョンがある。

服部 起業家の数だけ「ビジョン」があり、要は自分で信じられるものを掲げられるかどうかなんですよね。

佐藤 それぞれの正解を見つけていくことが重要ですね。

服部 最近では教育機関を中心に、創造性教育の現在や、SDGsを教育に取り入れるESD(持続可能な開発のための教育)の現在を題材に講演する機会が増えましたが、やはりSDGsに関して何らかの正解をつかんでいないと不安に思う先生や学生が多いようです。しかし、それは正解ありきで授業を組み立ててきた今までの教育制度にリデザインが必要なだけなのです。「SDGsで大切なのは、それぞれに環境や社会に思いを巡らせて、やった方がいいと思うことを実行することです」と答えるようにしています。ただ、やはりゼロから始めるクリエイティブに慣れていないと、なかなかこれができないんですよね。

佐藤 なぜ今、デザイン思考やアート思考、デザインアート思考が大事と言われ始めたかというと、正解が本当に見えない世界に来てしまったからですよね。何かクリエイティブな思考で次の新しい価値を見つけながら進んでいかないといけなくなってしまいました。以前は、貧しいからもっと豊かにする、もっと便利な世の中にするという方向性が世界中で共有できていた。でも、行きすぎてしまって、今度は環境や地球が壊れちゃったからどうしようと立ち返ったのですよね。そこを探すために、アートや哲学とか、人間が生きる本質的なことに戻らないと答えが見つからなくなってしまったんだと思います。

服部 その通りだと思います。SDGsについて唯一正解のようなことを言えるとしたら、それは「今までのやり方を続けてはいけない」ということです。これまで世界規模でコンセプトの設定を誤ったため、人類の存続自体が脅かされるような世の中になっている。もはや世界を越えて地球自体が危機的状況にある今、デザイナーやアーティストといったクリエイターやビジネスパーソンの垣根を越えた協働は必須と言えるでしょう。

佐藤 結局、哲学やアートって、人間とは何なのか、そもそもどうしたらいいのか、ということを考えていくような学問ですよね。人間の幸福とは経済的に豊かになることだ、と突き進んでいった先に限界がきて、豊かさの基準が変わらざるを得なくなってしまった。それで必死に創造的思考を使って、「本当は地球にも環境にもよくて、みんなが豊かになるのが最高だけど、どうしたらいいの?」という問いへと移行しているのだと思います。

デザインアート思考

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デザインアート思考
使い手のニーズとつくり手のウォンツを同時に実現する10のステップ

著者: OCHABIInstitute
発売日:2021年2月3日(水)
定価:1,600円+税


「デザインアート思考」はひらめきや思いつきに頼らず、誰でも自分だけのアイデアを見つけられるメソッドです。

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【AD】本記事の内容は記事掲載開始時点のものです 企画・制作 株式会社翔泳社

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