デザイン組織が支援するPeople Experienceの実践
岩嵜:ここまでは、主にビジュアルを用いた取り組みについてお伺いしましたが、デジタル庁における、いわゆる「広義のデザイン」に関する取り組みに関して、聞かせてください。
松本:まだスタートしたばかりなのですが、サービスデザインユニットの組織をエコシステムとして可視化し、組織内の課題解消や新たな仕組みづくりを行っています。具体的には、いわゆる「People Experience」の手法を行政組織に持ち込もうとしています。「Employee Experience」は従業員体験と訳されますが、People Experienceは、従業員だけでなく会社に関わるあらゆる人の体験を向上させることが、会社の成長につながるという概念です。もし、この取り組みで成果が得られれば、他部門への横展開を通じて、デジタル庁全体にデザインによる組織づくりを広げていきたいと考えています。
鈴木:デジタル庁には、他省庁や自治体から出向してきた行政出身人材や、民間企業出身の専門性を持つ人材など、多様なスキルやバックグラウンドを持った人材が集まりやすいです。それ自体は強みなのですが、その反面、前提となる知識や背景が異なるため、フィードバックなどのコミュニケーションに齟齬が生まれることがあります。そうした組織としての課題を解決するうえで、People Experienceの方法論は役立つはずですし、他の部門にも求められているはずです。
私はサービスデザインユニットを「インキュベーションの箱」と捉えています。そのため、People Experienceの浸透という取り組みに限らず、今後もユニットとしてさまざまな施策に挑戦していくつもりです。そうしたなかで、デジタル庁やその他の省庁に貢献できる成功事例を積み重ねていきたいと考えています。
岩嵜:フィンランドで行政組織とデザインの関係についてリサーチした時に結論の一つとしてたどり着いたのが「エコシステム」でした。具体的には、フィンランドでは国や中央省庁、地方自治体、シンクタンクなどが相互に連携して、デザインのエコシステムを形成していました。お話を伺っていて、今まさにデジタル庁でもデザインのエコシステムが立ち上がり始めていると感じました。今後、デジタル庁、中央省庁、そして国全体へとデザインのエコシステムが拡大していくことを期待します。
今年8月に出版した『デザインとビジネス 創造性を仕事に活かすためのブックガイド』(日経BP・刊)にも書いたのですが、私はデザインの究極的な目標は「すべての人が自発的にやりたいことを見つけ実践することで、社会全体が豊かになること」だと考えています。その実現には、行政組織の存在が欠かせません。中央省庁でデザインの拡張を担う皆さんは、とても重要な役割を担っていると思います。本日はどうもありがとうございました。