その活動は本当にイノベーションと言えるのか?
スイスの時計産業は1970~80年代、ある出来事によって急激に破壊された。その出来事は日本によって引き起こされた。クォーツ時計の登場だ。この技術革新が原因で、それまで主流だった機械式の時計は一気に時代遅れとなり、スイスは国の柱である産業を失いかけた。
しかし今では、スイスは世界有数のイノベーション立国として認知されている。そのきっかけを作ったのがスウォッチ社だ。世界的な時計ブランドとして誰もが知る「スウォッチ(Swatch)」は、スイス時計の市場を拡張すべく開発された。その共同発明者であるエルマー・モック氏は、超音波によるプラスチック成形技術を生み出し、それまで「高級」「重厚感」が基本であったスイスの時計産業に大転換をもたらした。
モック氏は1986年にスウォッチ社と時計業界を離れ、現在は「プロの発明家になる」という目標を掲げて、Creaholicという破壊的イノベーションに特化したコンサルティング会社を立ち上げている。同氏は、スウォッチを発明した当時を「『必要性』は発明の母である。ゆえに革新は、危機の時代に起こる場合が多い。スウォッチもまた、スイスの時計産業が好調なら生まれなかっただろう」と振り返る。
では、危機に陥らなければイノベーションは生まれないのだろうか。否、モック氏は「危機に陥る前にイノベーションを起こすことは可能であり、そうした方がずっと賢明だ」と語る。同氏が考えるイノベーションの定義とは何だろうか。
「新しいことを思いつき、常に新しいアイデアを持っている人は世界中にたくさんいます。しかし、イノベーションとは考えることではありません。新しい行動を起こすこと、新しい製品を創ること、新しいプロセスを生み出し、実践してこそイノベーションです」
現在、イノベーションと冠されているプロジェクトのほとんどは、実際は単なる「リノベーション」であると同氏は指摘する。目に見えている市場の要求を満たすだけでは、既に存在するものを改良しているに過ぎないという。
もちろん、リノベーションは短期的なキャッシュフローを生み出すために重要だ。決して疎かにしてはいけない。しかし、イノベーションを起こせない企業では、中長期的なマージンが次第に減っていく。顧客は改善を求め続ける一方で、支出は減らしたがるからだ。また、競合他社も企業努力を続けているため、いつシェアを脅かされるかわからない。