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「事業とは顧客の状況を進歩させるためのもの」 そのためのバリュー・プロポジションをどう作る?

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 新規事業や新製品は顧客の課題を解決し、顧客の状況をよりよくしていくためのものだと考えることができます。ですが、そこで重要となる価値=バリュー・プロポジションは顧客が感じる・見つけるものであり、事業者側が一方的に規定できるものではありません。いったいどうすれば再現性のある方法でバリュー・プロポジションを作り続けられるのか。今回は『バリュー・プロポジションのつくり方』(翔泳社)から、顧客の「状況」にフォーカスする考え方を紹介します。

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 本記事は『バリュー・プロポジションのつくり方 顧客の価値を「状況」で考えればプロダクト・サービス開発はうまくいく』(前田俊幸/安達淳)の「序章 バリューで社会を変える」から抜粋したものです。掲載にあたって編集しています。

状況のアップデート

よりよい状況への進歩としての事業づくり

 みなさんが担当されているであろう新規事業開発や既存事業の運営、マーケティングやセールスなどのあらゆる業務は、直接的にせよ間接的にせよ必ず何らか顧客の価値にかかわるもので、事業を形づくるものの一部です。事業とは、もとをたどると、「自身の原体験からくる困りごとを解決したい」「こんなものがあったら面白いのではないか」、そういった強い思いやアイディアをもった事業者たちの意志に端を発して実装され、具体的に誰かの課題を解決しながら、顧客の状況をよりよくしていくものだととらえることができます(図-1)。

図-1 事業づくりは「いまの状況」から「よりよい状況」への進歩
図-1 事業づくりは「いまの状況」から「よりよい状況」への進歩

 そして、その状況の中には必ず「顧客」がいます。みなさんのプロダクトやサービスを知って気に入り、それを自分の生活に取り入れたいと思って期待し、お金を払って手に入れ、実際に使ってみて体験し(場合によってはやめてしまい)、それを使う生活が定着した結果、以前それなしではどんな風に暮らしていたか思い出せないぐらい当たり前のものとしてなじんでいきます。

 みなさんの部屋の中(またはスマートフォンのアプリ)もそういったモノで状あふれていると思います。たとえば電子レンジに冷蔵庫、お掃除ロボットや自動調理鍋、空気清浄機など。業務に使うものであれば、リモートワーク用のワイヤレスイヤフォンやスピーカーフォン、そしてWordやExcelはもちろん、SlackやTeams、Google Driveなどのオンラインファイルストレージ、近年ではChatGPTなどなど。使い始めた頃や購入したばかりの頃は、しばらくその便利さに感動して熱中したモノたちです。

 ですが、いったん慣れてしまうと、そのプロダクトやサービスの存在が当たり前に見えてきて、もともと感じていた「価値」も忘れてしまうと思います。もちろん、数回しか使わないためにその一回一回が印象に残るサービス(冠婚葬祭など)もたくさんあります。ただ結果として、みなさんの事業が生んだプロダクトやサービスのおかげで、顧客や社会の状況が以前から別のよい状況にシフトしたといえます。

 そうとらえると、事業とは「顧客の状況を進歩させるためのもの」といえるでしょう。

状況は必ずしもデザインできない

事後創発的な価値づくり

 新しいプロダクトやコンセプトの登場で、状況が一変することがあります。Apple社によって、人々の手のひらからインターネットにつながる魔法のようなデバイス(しかもクラウドの超巨大な計算リソースに支えられています)であるiPhoneが、ある日世界の多くの人に届きました。それによって誰もが写真や動画を共有しはじめ、付随するメディアが生まれ、“インフルエンサー”が誕生し、そのインフルエンサーが自らブランドを立ち上げて商品を販売し……と、いまでもさまざまな新しい「状況」が日々生まれ続けています。私たちは、そういった荒々しい状況変化の連鎖の中に機会を見出して、ビジネスをしているように思えます。

 企業が対峙する顧客の状況は、つねにこういった変化にさらされており、いつその状況が変わってしまうかもわかりません。短期的には顧客のいまの状況を改善できたとしても、経営者がイメージする「よりよい状況」を思い通り実現できるかというと、必ずしもそうはいきません。

 顧客や社会は日々毎秒、ミクロにマクロにいろいろな無数の刺激や変化の影響を受けています。むしろ、柔よく剛を制すかたちで、顧客の状況変化に寄り添いながら、当初のゴールイメージを変化させていくことが正攻法となるでしょう。むしろ、当初想像していなかった新しい状況にこまめに気づくかたちで、新しい機会が見えてくる、といった方がいいかもしれません。そのためにも、顧客にとって何が価値なのかを見続ける必要があります。

 顧客にとっての価値を見続けることの重要性がわかる例として、日本が誇る建機メーカーであるコマツが開発したKOMTRAX(コムトラックス)が挙げられます。KOMTRAXは、建設現場においてフォークリフトやブルドーザーの稼働状況を全世界規模で把握できるシステムです。建機と情報技術を融合させて、現場の土木工事現場のプランニング精度を圧倒的に向上させ、「スマートコンストラクション」とよぶ現場の生産性の革命を起こしています。

 KOMTRAXは当初、GPS搭載による建機の盗難防止や保守管理のしやすさを考えて企画されたシステムでした。当時流行だった「たまごっち」上のデジタルキャラクターが自分の「お気持ち」(お腹すいたなど)を発していることがインスピレーションになり、建機も「自分はここにいる」「燃料が残り少ない」と自らいってくれればいいのにと考えたそうです。

 また当時、盗難された油圧ショベルでATMの現金強奪事件なども起きていたため、盗難対策としてGPSが必要になる社会的な状況もありました。コマツの建機を何十台もレンタルしている企業からしてみると、こういった機能は非常に助かるわけです。

 KOMTRAXはいまや進化を遂げて、土木工事のオートメーションを支えるプラットフォームになっています。工事前にドローンを飛ばして現場を計測し、データをもとに工事のプランニングが行われ、建機が無人かつ自動で工事を進めるシステムにまで発展しています。しかも、現場の建機は必ずしもコマツのものだけでないため、他社にもデータをAPI提供して仲間になってもらうことで、工事現場全体の自動化・生産性向上を実現しています。建機という点では競合他社をサポートすることになるため、社内の論理矛盾が起きないよう別会社をつくって推進がなされています。

 このKOMTRAXを分析した一橋大学の藤川佳則氏らによるリサーチによると、このような展開は当初から計画されていたものではなく、「企業と顧客が事後創発的に価値の中身を構築していった」(藤川 03)、そのようなとてもダイナミックな過程の中で生まれました(図序-2)。

図-2 KOMTRAX の事後創発的な価値構築
図-2 KOMTRAX の事後創発的な価値構築

 要するに、やっていたら後から気づいて発想が生まれた(つまり事後創発)ということです。顧客に提供したシステムが顧客の状況を変え、そこから新たな顧客の行動やニーズが生まれ、企業は再びその状況を見て新しいシステムを企画して提供する……。そのような「状況変化から生まれた機会」と「価値提供」の連鎖から、あとづけ的に「よりよい状況」が生まれていく。

 もちろん、すべてボトムアップで起きたことをあとづけするというわけでもなく「きっとこうなっていくのではないか」と大きな仮説を念頭におきながら、「ああ、意外とこっちだったか」というような感覚かもしれません。

バリュー・プロポジションが規定するもの

価値は顧客が認識する

 事業とは顧客の状況をよりよくアップデートするものであり、短期的には意図した通りの状況改善はできるものの、その後のことは予測が難しく、顧客とのインタラクションの中で新しい機会に気づき、当初とは異なる発展を遂げていく、というようなことを述べました。

 しかし、何か新しいアイディアをプロダクト・サービスにしてリリースすれば顧客が勝手にバイ・イン(賛同)してくれ、想定したような状況変化が意図通りすんなりと起こるかというと、そうではありません。当然、そこには何らか顧客が欲しくなるようなバリュー=価値が必要です。価値がなければ、顧客は生活やビジネスに取り入れたいとは思いません。顧客にとっての価値を特定する必要があります。

 本書にとって価値(バリュー)とは顧客が認識する価値であり、顧客が「これいいな」と思ったポジティブな情動を指します。何らかポジティブな情動が生まれればそのプロダクトやサービスを買いますし、継続して使い続けます。一方で時間が経過し、そのプロダクト・サービスを使い続けていくと、慣れたり飽きたりしてしまいます。新しい靴を購入したときはあれほどうきうきしていたのに、そんな気持ちは2日目以降に急速に穏やかになり、気付くと靴の存在も忘れていることは日常的によくあると思います。

 一方、提供側は顧客の状況をよりよくするために、顧客を巻き込み、期待し続けてもらいたいと考えるものです。そのためには、どうしても顧客に価値があると知覚してもらう必要があります。

 その価値をプロダクトやサービスといった形で提供し続けるためのシステムとしての仕組みも必要になります。このようなフェーズになると初期のアイディアを構想するときと比べてやらねばならないことは膨大になります。当然一人では限界があるので、チームで取り組むことになるでしょう。

 はじめは数名からスタートですが、チームが少し大きくなっただけで、営業やマーケティングや開発など、あっという間に機能単位で協働し合う組織になります。そうなると、営業で売り込んできた価値と、開発で実際につくっているものとが食い違うわけにはいきません。万が一そのような場合に陥ってしまうと、顧客は営業から聞いて期待して買ったものと異なるものが実際に届くことになり、顧客は不満を抱えて返金を要求してくることもありえます。したがって、組織全体でどんな価値づくりに向き合っているのかの認識がそろった状態であり続ける必要があります。

 ものがよくても、残念ながら顧客がそのよさに気づかない場合もあります。たとえば、私たちはある状況をネガティブに感じていても(たとえばリモート会議など)、それを改善したいとは思わず(または改善できるとは知らず)に過ごしていることがたくさんあります。プロダクトやサービスの価値に気づいてもらう・知ってもらう、そして買ってもらうためにも、価値についてコミュニケーションをとる活動が必要となります。

 バリュー・プロポジションという概念をはじめて導入したといわれるマイケル・ラニング氏らによると、バリュー・プロポジションとは、以下のような組織の活動を規定する戦略そのものです。

  1. 価値を選ぶ(顧客にとっての価値を特定する)
  2. 価値をつくる(その価値を生む仕組みをつくる)
  3. 価値を伝える(顧客に価値を認識してもらう)

 バリュー・プロポジションというと、一般的には「(3)価値を伝える」部分を想起される方が多いかもしれません。「新しいプロダクト・サービスの価値について、競合他社と差別化された独自の価値」を表明するものがバリュー・プロポジションであるというのは、その通りです。

 ただ、当然ながらそれは顧客にとっての価値とは何かの選択と、その価値が生まれる再現性の高い仕組みづくりに裏打ちされたものです。重要になるのは最初の基点である「(1)価値を選ぶ」であり、それがバリュー・プロポジションの根幹といえます。近年顧客や市場が目まぐるしく変化する中で、顧客にとっての価値が何かをうまく見つけることは、事業の成功においてより重要なものとなっているでしょう。

 一体どうしたら、顧客の価値をうまく特定することができるのか、本書ではこの点にもっともフォーカスしてお伝えしていきます。

 なお、本書では上記のような「価値をつくる」という表現には敏感になっています。あくまで価値とは顧客が実際そう感じたかどうかであり、提供者が「価値をつくる」ことは原理的にはできないという考えに立っています。

バリュー・プロポジションのつくり方 顧客の価値を「状況」で考えればプロダクト・サービス開発はうまくいく

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バリュー・プロポジションのつくり方
顧客の価値を「状況」で考えればプロダクト・サービス開発はうまくいく

著者:前田俊幸、安達淳
発売日:2023年10月23日(月)
定価:2,420円(本体2,200円+税10%)

本書について

本書では、膨大な数の顧客調査を行い、顧客が本当に求めている体験・アイデアを提案してきた著者らがバリュー・プロポジションのつくり方を具体的に、かつ丁寧に解説します。

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【AD】本記事の内容は記事掲載開始時点のものです 企画・制作 株式会社翔泳社

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