トヨタでもユースケースは徐々に広がっている
寺部:現時点の成果のうち、ご紹介いただけるものは何かございますか?
菅:3本柱それぞれで有効性の芽は見出され始めており、やはり、今後の焦点は具体的な応用先、つまりユースケースの拡充にあります。
たとえば、工場でのAGV(無人自動搬送ロボット、Automatic Guided Vehicle)の運航経路の最適化では、フィックスターズ社様とのコラボレーションを推進させていただいており、既存の最適化手法に較べて、大変高速に最適経路を導けることが確認され、良い成果が出始めています。また、車載ECU(電子制御コンピュータ、Electronic Control Unit)の設計でも、富士通社様との共同研究のもと、量子アニーリング関連手法の活用を試みており、設計ツールとしての有用性を示す結果が見出され始めています。この様な量子アニーリング技術の応用に関しては、フォルクスワーゲンなど自動車メーカー他社も積極的に取り組んでいる模様です。
また、先端材料研究という意味では、先ほど申し上げたマテリアルズインフォマティクスに於ける量子アニーリング手法の応用事例の他にも、QunaSys社様との共同研究のもと、電子状態計算や分子シミュレーションでの活用を探る検討も進めさせていただいています。たとえば、液体水素の分子シミュレーションを例として挙げますと、これは燃料電池や水素エンジンにも関わる技術ですが、従来のDFT(Density Functional Theory、密度汎関数法)と呼ばれる、産業界で一般的な電子状態の計算手法ではシミュレーション結果と実験値に大きな差がありました。これに対しまして、量子コンピューティングアルゴリズムであるVQE(Variational Quantum Eigensolver、変分量子固有値ソルバー)という手法を用いることで、より正確な結果が得られるようになってきています。
同様の比較は、リチウム電池の電極として重要な、コバルト酸リチウムに関するシミュレーションについても検証を進めています。たとえば、リチウム原子の移動にともなう電荷変化を正確にシミュレーションできるかどうかを確認したところ、既存のDFT手法では、電子相関効果と呼ばれる電子どうしの多体効果が正しく計算できていないことが原因で、現実的ではない結果が出てしまうことが明らかになりました。一方、VQE法では、+1の陽イオンへの変化を正確に表せており、既存技術に較べて遥かに信頼出来る精度のあることが確認されています。将来的に、電池や触媒等の機能材料を高精度にシミュレートするためには、量子コンピューティングは無くてはならないツールになるのではないでしょうか。
寺部:また、御社では量子センシングや量子材料にも取り組まれているとお聞きしました。
菅:そうですね。量子技術というと、どうしてもコンピューティングに目が向きがちですが、実際にはそれ以外にも多くの可能性があります。弊社では、量子エレクトロニクスの研究開発にも積極的に取り組んでいます。