トヨタが取り組む量子活用の“3本柱”
寺部:他に取り組まれている量子技術のプロジェクトについて、詳しくご紹介ください。
菅:弊社では先ほどの「最適化」に加えて「量子機械学習」と「化学」を量子技術関連の3本柱としています。
「量子機械学習」はその名の通り、量子技術を用いた機械学習であり、この技術によって、従来のスーパーコンピュータでは処理できないような大規模な特徴空間を持った機械学習の問題を扱えるようになると考えています。現在、試みとして量子コンピュータを用いた新しい量子生成モデルや転移学習モデルの可能性を検討しています。たとえば、困難な画像分類の問題を量子コンピュータで実現できるかという検証に取り組んでおり、これにより既存のアプリケーションに対してどのようなアドバンテージを得られるかをベンチマーキングしています。可能性の一端は見え始めており、今後の展開に期待しています。
3つ目の柱は「化学」です。すべての素材は原子の組み合わせによって成り立っていますが、その組み合わせ方はほぼ無限です。この無限の可能性の中から、特定の用途に最適な組み合わせを選び出すための手法やアルゴリズムの改良に取り組んでいます。このように、素材研究に情報科学の技術を用いる分野は一般に「マテリアルズインフォマティクス」と呼ばれています。
たとえば、最適な材料を見つけ出す作業を、電子状態計算から予測される最適化問題として取り扱い、量子スピン系のモデルを模した「量子アニーリング」というアルゴリズムを用いて解決しようとしています。現在、富士通社様との共同研究のもと、実際の材料への適用も可能性検証が始まっており、開発現場で活用するツールとしてのポテンシャルを探るフェーズに入っています。まだ限定的な事例ですが、従来、この分野の研究者では一般的な「遺伝的アルゴリズム(GA法)」に比べて数十倍の高速化が既に確認されています。
この量子アニーリングは特に「離散的な変数を持つ問題」に向いています。この類の問題は解空間が複雑で、従来のアルゴリズムではなかなか高速に良い解を求められません。
基本的な材料構造を決めた後、原子を一つずつ入れ替えて最適な組み合わせを探していくことの多い、マテリアルズインフォマティクスはまさに離散的な問題を扱う分野です。一つの原子を入れ替えるだけで大幅に材料の性質が変わるため、「徐々に近づけていく」方法では効果がありません。似たような構造がうまくいかなくても、思いがけず良い材料が見出されることもよくあります。
もちろん、各手法にはそれぞれ長所と短所があります。量子アニーリングは、多くの選択肢の中から短時間で及第点以上の解を見つけるのに優れている一方、遺伝的アルゴリズムは、時間をかけて精度を高めることが得意です。そこで、量子アニーリングでまず短時間で候補を絞り込み、その後、遺伝的アルゴリズムでさらに精度の高い解を求める、ハイブリッドなアプローチを検討しています。