人間に残された競争優位は「意思決定」の質
栗原:ここまでのお話を振り返ると、仮説を検証するための一次情報の収集や仮説の評価は、生成AIではなく人間が担わなければいけないということですね。
馬田:おっしゃるとおりです。そのほかにも、組織を団結させたり利害を調整したりして取り組みを前に進めるプロセスマネジメントや、仮説を実行した結果の責任を持つ役割など、人間が担わなければいけない領域は少なくありません。
特に「結果に責任を持つこと」については、既存の法体系が変わるなど、大きな外部環境の変化がない限り残り続けるでしょう。実際に、今や多くのプログラムのコードはAIがかなりの部分を開発するようになりました。しかし、その製造物をきちんと最後まで完成させ、お墨付きを与えて市場に送り出したり、事故や欠陥に対する責任を負っていたりしているのは人間です。
栗原:責任を負うことや利害の調整など、地道で泥臭い仕事が残ると。
馬田:そう思います。推論や既存のデータの収集については生成AIのほうが優れていますし、今後さらに精度や速度は向上していくでしょう。従来、知性的だと思われていた論理的思考やデザインなどは生成AIがどんどん代替していくので、「行動」が欠かせないような地道な仕事を率先して行ってこそ、差別化ができるようになるのではないかと思っています。
栗原:最後に、本書をどのような人に読んでほしいのかお聞かせください。
馬田:これまで仮説に慣れ親しんでいない方には入門書としてぜひ読んでほしいですし、チーム内の共通言語としても利用してほしいです。たとえば、仮説マップの概念や作り方をチーム内で共有できていれば、仮説の構築がスムーズになるでしょうし、より緻密な検証も可能になります。
また、本書のコンセプトの1つでもありますが、「作業仮説」と「クレーム(主張)」の概念を用いれば、仮説に対する確信度のレベルを共有できるので、上司部下間での議論も円滑化すると思います。
栗原:作業仮説とクレーム(主張)とは、仮説の確信度に対する強弱のことですね。
馬田:はい。作業仮説は「とりあえず仮置きして検証作業をするための仮説」、クレーム(主張)は「誰かを説得するために提出する仮説」です。仮説を作業仮説とクレーム(主張)のグラデーションで捉えることで、確信度の「現在地」が把握しやすくなります。たとえば、部下が仮説を提出してきたときに、上司がその仮説が作業仮説なのかクレーム(主張)なのかを尋ねれば、確信度の強弱を把握でき、検証を指示するのか仮説の実行を検討するのかといった判断が容易になるでしょう。

栗原:不確実性がつきまとう仮説に対して、組織内で共通言語を持つことができ、緻密な検証も可能になるのは非常に魅力的だと思います。
馬田:先ほどもマップ、ループ、リープのプロセスについて説明しましたが、仮説は最後に必ずリープをしなくてはいけません。つまり、100%の確信はなくても、多少のリスクを取って行動しなくてはいけないわけです。そのときに組織内の全員に完全な同意を取り付けてから行動に移るのでは、時機を逸してしまうかもしれません。そのため、常日頃から「どの程度のリスクならば許容できるか」という共通認識を醸成しておく必要があります。そうしたリスクの許容範囲を共有する際に、本書は役立つのではないでしょうか。
本書は「この仮説にならばリスクを取ってでもチャレンジしたい」という「意思」にたどり着くためのプロセスを解説した書籍とも言えます。組織としての意思をまとめ上げ、大きな挑戦に臨みたいという意欲のある方にぜひ手に取ってほしいと思っています。

本記事に関連する馬田隆明氏のスライド資料一覧
- 「行動なしに良い仮説思考はできない」(December 16, 2024/Speaker Deck)
- 「仮説のマップ・ループ・リープ ~仮説思考のプロセスについて~」(December 04, 2024/Speaker Deck)
- 「良い仮説を評価する技術」(December 30, 2024/Speaker Deck)
- 「ふわっとした考えを仮説にするまでのステップ」(December 05, 2024/Speaker Deck)