爆発的に広がる自動交渉の適用領域
小宮:調達交渉のユースケースは分かりやすいです。日本の製造業の強みである「すり合わせ」にAIを活用するイメージですか。
森永:はい、設計調整など高度なすり合わせも将来的なスコープですが、いまはまず「なぜか人が介在している」簡単な企業間調整から自動化を進めています。具体的には、製造業での「サプライチェーン計画(SCM)」が該当します。社内部門間や外部委託先との調整・合意に自動交渉が適用できます。
小宮:調達以外のユースケースは。
森永:物流業界も大きな適用領域です。ドライバー不足やトラック積載率の低さといった課題に対し、共同配送やドライバーの融通を「自動交渉」し、リソースを最適配分できます。
小宮:リソースの「融通」が鍵ですね。
森永:自動交渉で「余剰リソース」と「ニーズ」のマッチングが劇的に簡単になります。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)で困難だった「防護服、人工呼吸器、病室、看護師を同時にそろえる」といった複雑な調整も、自動交渉なら数万人規模で同時実行し、リソースを必要な場所に届けられます。
小宮:企業間取引だけでなく、社会課題の解決にもつながる技術ですね。
森永:もう一つ、爆発的に大きくなると確信しているのが「データの売買」です。
エージェントが何十億体と増えれば、彼らの「ご飯」であるデータが必要ですが、「カード履歴1カ月分を6円で」といった細かな商談は人手ではコストが合わず、マーケットが成立しませんでした。
小宮:欧州の「Catena-X」などデータスペース(データ連係基盤)でも、データ共有の条件合意が課題だと聞きます。
森永:そのとおりです。データスペース活用のボトルネックは、「どのデータを、いつまでに、いくらで、どの目的に使うか」といったデータ共有条件の合意形成が、現状「人力で高コスト」な点です。
自動交渉AIなら、どんなに小さなロットや複雑な条件でも、無限の速さで商談を成立させられます。これで眠っていたデータが価値を持ち、データ売買が商業ベースに乗ると考えます。
小宮:データの売買とは、具体的にどのような取引ですか。
森永:「データベースの◯◯をください」という単純なものだけでなく、「▲▲で画像をとってきて」という業務委託や、「■■の条件で実験結果を送って」といった実験委託も、AIにとっては「データ」の売買です。
実際、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)領域で、素材データや実験委託などをエージェント間で自動取引する検討も始まっています。データスペースは、XaaA経済圏が育つ最有力な培地だと考えます。
NECが狙う「高頻度取引」の自動化
小宮:海外にも「Pactum(パクタム)」社のようなAI交渉技術が登場してきていますが、NECの技術との違いは何ですか。
森永:ユースケースが違います。これまでの交渉AIが対象とするのは、たとえば多地域展開している大型小売店舗と、その数千の購買先との年1~2回の「購買基本契約」交渉のような場合でした。
一方、これからNECが対象とするのは、調達での「納期・数量調整」のように、毎日何万件と発生する高頻度な取引です。フォーマットは決まっていますが、圧倒的な「数」と「速度」が求められます。
小宮:NECは「エージェント経済圏」で、どのようなポジションを狙いますか。
千葉雄樹氏(以下、千葉):最終的にはAI同士がやり取りする「場」を提供し、マネタイズしたいと考えます。たとえば1回のやり取りで1円をいただき、それを何億回と繰り返していただくビジネスモデルです。
理想は、人が介在せず、交渉プロセスを可視化する必要すらない世界。われわれのエージェントが他社のエージェントとAPIで直接やり取りし、意思決定が進む。その「場」をNECが提供したいのです。
研究所でデータサイエンティストとして活動後、2023年より生成AIの事業化部門立ち上げをけん引。現在は、生成AIのみならず画像認識や予測AIなども含むAI事業全体の製品・サービス開発を統括する。協業アライアンスや新規事業開発を担当し、「X-as-an-Agent 経済圏」の構築に向けた戦略を推進している。
