生成AI時代のエコシステムでの勝ち方
講演の核心は、生成AIがエコシステムの競争ルールを根底から覆しつつあるという指摘にある。AIは単なる効率化ツールではなく、産業構造そのものを再編する触媒として機能しているのだ。ジャコビデス教授は、現在の変化を「技術スタックによって駆動される新たなエコシステム構造の出現」と表現する。
この新たな技術スタックでは、①インフラ(チップ、クラウド)、②基盤モデル、③アプリケーション、④産業という階層が生まれ、それぞれの層で価値の源泉が再配分されている。そして、この構造変化の中で、新たな覇権争いが始まっている。Amazon、Google、Microsoftといった巨大テック企業は、有望なAI開発企業への投資や提携を通じて、この新しいエコシステムの至る所に影響力を張り巡らせている。
「今、私たちが注目し始めていることは、AIによってセクターが断片化され、価値が再割り当てされているということです。これは非常に重要で、私たちが生きる世界を完全に変えることになると予想しています」
このパワーゲームの焦点は、顧客との最終接点、すなわち「顧客インターフェース」の所有に移っている。ジャコビデス教授は、2017年にノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セーラーらが提唱した「選択の設計者(Choice Architect)」という概念を引用[4]する。これは、人々が意思決定を行う際の文脈を巧みに設計する者はデフォルトの選択肢を示すだけで、顧客の行動を強力に誘導できるというもの(いわゆるナッジ「Nudging」)である。
これからの競争の鍵は、顧客の選択を巧みに誘導する「選択の設計者」になることだ。顧客インターフェースを所有し、ユーザーが何を選択するかという文脈を支配するプレイヤーが、エコシステム全体の価値を独占する可能性を秘めている。
OpenAIがChatGPT上でサードパーティ製アプリ(GPTs)を展開する動きは、まさにその象徴と言える。彼らは自らをエコシステムのオーケストレーターとして位置づけ、他のアプリケーションやサービスを、自社プラットフォームという階層の下に押し込もうとしている。この新たなエコシステム構造のなかで、自社が単なる「補完事業者」として組み込まれ、価値を搾取されるのか、それとも独自のポジションを築いて勝利する連合の一部となるのか。すべての企業がその岐路に立たされている。
[4]リチャード・H・セーラー、キャス・R・サンスティーン(著)、遠藤真美(訳)『実践 行動経済学』(2009年、日経BP社)
結論:エコシステム競争への参加は必須である
最後に、教授が提示した4つの重要な示唆を記したい。
- シフトの認識:エコシステムは、特定の場所やセクターから、デジタルでセクターを横断するものへと決定的にシフトした
- 細部の重要性:成功事例の表面的な分析は誤解を招く。自社の文脈に合わせ、細部にこそ悪魔が宿ることを知るべきである
- 賢いポジショニング:世界を支配する必要はない。慎重に考え抜かれた戦略的ポジションを取ることで、エコシステムから利益を得ることは可能だ
- 選択の余地なし:AIの世界ではもはや選択肢はない。あなたの世界はエコシステムによって再定義されており、この競争に備えることは不可欠である
デジタル化とAIによって、産業の境界線は溶け、かつての成功体験は通用しなくなった。今こそ、自社の壁を越え、他者との連携によって新たな価値を共創する「エコシステム思考」へと舵を切る時である。その第一歩は、自社の「エゴ」と真摯に向き合うことから始まるのかもしれない。

