「越境」はイノベーション文脈から人的資本アジェンダへ拡張
Biz/Zine編集部・栗原茂(以下、栗原):ローンディール設立から約10年で、「越境」を取り巻く環境はどのように変化しましたか。
原田未来氏(以下、原田):10年前は「越境」という言葉自体がほぼ使われておらず、「レンタル移籍? 何それ」という時代でした。当時はオープンイノベーションが活発化し始めた時期で、当初の「越境」はイノベーションや新規事業の文脈で認知されました。
その後、「副業解禁」や「両利きの経営」といった文脈で語られるようになり、かつ人事的な課題と事業的な課題がリンクしはじめ、「越境」が市民権を得ていったのが2020年にかけてです。2020年以降は、人的資本経営やキャリア自律といった、より明確な「人事アジェンダ」の中に位置づけられていった印象です。
栗原:改めて、原田さんが考える「越境」の定義を教えてください。
原田:はい。「ホーム(所属組織など)とアウェイ(異なる環境)を行き来する」こと、そしてそのサイクルを通じて、「外(アウェイ)と中(ホーム)が分断されずにつながりつづける状態」です。1回行って終わりではありません。転職はホームを変えるだけで、私たちが提唱する越境とは異なります。
副業やPTA活動、「推し活」にもアウェイとしての機会はありますが、それを本業と結びつけて「越境学習」として意識できる人はまだ少ない。この発想が認知されれば、仕事はもっと面白くなるはずです。
栗原:認知が広まる一方で、新たな課題も見えてきたのでしょうか。
原田:認知が広まったのは良いことですが、本来、越境はもっと多様な捉え方ができるテーマです。ローンディールの活動では大企業の課題に応えることが優先されますが、もう少し広く越境を語る存在が必要だと感じ始め、社団法人を設立しました。
もう一つ、この10年で多くの大企業の方々を送り出して痛感したのは、彼らは非常に優秀である一方、その力を十分に発揮できている人は少ないのではないか、という問題意識です。
「ホーム意識」の希薄化という課題。越境の鍵は“サイクル”の認知
栗原:他に感じる課題はありますか。
原田:最近、「ホーム」という意識自体が希薄になっていると感じます。会社側が「キャリア自律」を促し自己責任的な側面が強まると、個人も会社と距離をとってしまう。
本来、新規事業開発などは「うちの会社で何とか実現するのだ」というホーム意識、一種の覚悟があるからこそ、外から多様な情報を持ってきてつなぎ合わせることができる。この覚悟ができづらい環境があり、意識が希薄化している人が増えているのかもしれません。
栗原:ホーム意識の希薄化は、大企業の「サイロ化」とも関連しそうですね。
原田:まさにそうです。サイロ化が進むと部門ごとの正義がぶつかり、ホーム意識がないと調整がつきません。レンタル移籍でスタートアップのような小さい組織に行くと、会社の全体が見えやすくなります。大企業も本来はつながっているはずですが、大きすぎて全体感がつかめなくなっている。小さい組織での経験が、自社の全体性を捉え直すアナロジーとして機能するのです。
