国内有識者の知見から紐解く「インサイトの本質」
AIを単なる効率化ツールで終わらせず、新規事業の成功率を高めるためには、「どこを狙い、誰を相手に、どんな課題を解くか」を正確に定める仮説検証アプローチが不可欠となる。その中核となるのが「顧客インサイト」の獲得だが、多くの組織でその定義が曖昧なままだ。稲葉氏は、国内のマーケティングや事業開発における4人の有識者の見解を引き合いに出し、インサイトの定義を問い直した。
- 桶谷功氏(『インサイト』ダイヤモンド社、2005年):インサイトとは、顕在ニーズではなく、行動の奥底にある「心のホット・ボタン(スイッチ)」である。消費者が思わず手を伸ばしてしまうツボを突くこと。
- 大松孝弘氏・波田浩之氏(『新版「欲しい」の本質 人を動かす無自覚な欲求「インサイト」の見つけ方』宣伝会議、2025年):本人すら気づいていない隠れた心理であり、顧客の表面上の声からは生まれない。人間は言葉と行動が矛盾する生き物である。
- 森岡毅氏・今西聖貴氏(『確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力』KADOKAWA/角川書店、2016年):戦略の起点は、消費者の隠された真実を自ら体験し、徹底的に憑依すること。それによって相対的な好意度である「プレファレンス」を動かす。
- 西口一希氏(『たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング』翔泳社、2019年):具体的なたった一人を徹底的に掘り下げる「N1分析」にこそ事業成長のヒント(異常値・外れ値)がある。ただし、インサイトを事業価値にするには「便益×独自性」への翻訳が必要である。
言葉と行動のギャップに宿る「文脈」と、一次情報の圧倒的価値
これら4者の共通項から、稲葉氏はインサイトの「3つの本質」を導き出す。
- 言葉と行動のギャップに表れるもの:アンケートで「ヘルシーなものがいい」と答えた顧客が、実際の行動では「高カロリーなハンバーガー」を注文するように、インサイトは表面的な声ではなく「言行のギャップ」にこそ宿る。
- 文脈に沿った観察から導出されるもの:単なる発言の言葉尻ではなく、その背景にある「文脈(コンテキスト)」の理解が不可欠。Web上の二次情報が溢れるAI時代だからこそ、現場での「一次情報」の獲得が差別化の土俵となる。
- 便益×市場における独自性への翻訳が必要:発見したインサイトをそのままにせず、市場における「独自の便益」へ変換して初めて事業価値(マネタイズ)に接続することが可能になる。
ここまでで稲葉氏は、AI時代の新規事業開発における「仮説検証アプローチ」の重要性、その中核にある「顧客インサイト」の本質を解説した。
では、企業の事業開発者はAIにどんな期待を寄せ、どのような課題を感じているのだろうか。ファインディが行った大手企業の事業開発者へのリサーチ(2026年3月)では、期待する項目としては情報検索や要約・整理が約半数を占めている。
なぜ顧客インサイトの把握など、質的な活用に期待が寄せられないのか。調査では、「AIで顧客インタビューを要約したら重要な文脈や感情が抜け落ちた(17.7%)」、「生成されたインサイトが元の顧客の声までトレースできない(16.6%)」などといった課題が噴出している。「AIツールを導入してアイデアを量産しても、評価や選別に時間がかかって逆にスピードが遅くなるケース(16.2%)が目立ちます。文脈のない単純な要約や整理に依存している限り、価値ある顧客解像度にはたどり着けません」と、稲葉氏はデータをもとに指摘する。
このことから理解できるように、AI時代の事業開発者にとってインサイトなどの「顧客の声」を把握することに、大きな課題が残っているという実態が浮かび上がった。




